2014
05/24
土
1 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/23(金) 22:58:04.80 ID:kPGcyFclo
玄関の扉が締まる無機質な音に合わせるように
後ろに続く来客に言葉を向ける
「そうね……」
「……………」
彼女はそのことを喜ぶ素振りもなく
素っ気なく答える
いつもとは少し違う彼女の空気
でも思えば
彼女は裕福な家の子
人の家で礼儀を欠くことはないのかもしれない
「いつもの調子で居て欲しいわ」
「別にあんたに言われるまでもないわよ……ただ、ちょっと空気に馴染めないだけ」
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2 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/23(金) 23:11:05.84 ID:kPGcyFclo
彼女は少し顔を顰めて
備えつけの下駄箱を見つめる
「あんた、靴は買わないの?」
「別に沢山はいらないでしょう? 普段履く靴とその予備。あとは一応ビジネスシューズくらいで良いと思うのだけど」
「……千早、あんた一応アイドルなんでしょ?」
呆れた溜息とともに
彼女は自分が履いていた靴を
下駄箱の中の私の靴の隣に並べる
それでもやっぱり
空気が9割近くを占めていた
「寂しい下駄箱ね」
「……私しかいないから」
3 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/23(金) 23:17:55.31 ID:kPGcyFclo
思わず呟いたその一言
それに対する言葉を
彼女は少し躊躇う
馬鹿言ってんじゃないわよ。なんて
いつもの彼女なら言うはずなのに
「……悪かったわ」
「どうして謝るの?」
「あんたのことを知ってるからよ」
「…………………」
弟が他界していて
両親は離婚していて
その両方とも殆ど絶縁しているような状態
そんな私が一人暮らしなのは当たり前と言えば当たり前で
その家が寂しいものなのもまた
当たり前と言えば当たり前だったのだ
7 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/23(金) 23:31:43.06 ID:kPGcyFclo
「………………」
「………………」
玄関での気不味い沈黙
このままでは帰ると言い出してもおかしくない
でも
彼女は私の横を通って
リビングへと向かって行く
「何してるのよ」
呆然と見ていた私に向かって
彼女は不思議そうに呟く
「……意外と強引よね。水瀬さん」
「そんなの解りきってる事じゃないの?」
「それもそうね」
彼女の笑みに向かって微笑みを返し
私もリビングへと向かった
8 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/23(金) 23:45:54.75 ID:kPGcyFclo
下駄箱よりも遥かに広いリビング兼私の部屋
必要最低限しかないその場所は
下駄箱以上に物寂しい場所だった
「……音楽機器とかあまり買わないの?」
「そうね……買わないわ」
機械はあまり得意ではないし
たとえ扱えたとしても
それを家に置いたところで意味はない
「調理器具も最低限なのね」
「あなたにもそういうこと判るのね」
「……私だって調理器具の種類くらい解るわよ」
彼女は少しだけ私を睨む
けれど
その知識は高槻さんからのものであって
彼女が初めから持っていたものではない……とは
言わないでおいた
9 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/24(土) 00:01:08.94 ID:jHv+MiYwo
「……ねぇ、千早」
「なにかしら?」
彼女は廊下の方を見つめ
私に対しての言葉を紡ぐ
「お手洗いとお風呂以外にも部屋があるわよね」
「ええ」
「……使ってるの?」
誰か。とは言わない
それが彼女なりの優しさ
それに対して私は首を振る
「そう……じゃぁ私が使っても良いわよね」
そして、彼女は私に対してそう言った
10 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/24(土) 00:13:52.65 ID:jHv+MiYwo
「何を言ってるの?」
「無駄にしてるなら私が使ったっていいじゃない」
彼女はいつものように
にやっと笑う
「どうして?」
「勿体無いでしょ?」
彼女はさっきまでの静かな空気を投げ捨てて
いつもの高飛車な空気を醸し出す
でも、
その高飛車な言動の中にも
彼女の優しさがあると私は知っていて
だからこそ
私も微笑みを返した
11 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/24(土) 00:19:06.68 ID:jHv+MiYwo
「な、なによ」
「私のためだったりするのかしら」
「あ……あんたがそう思うんならそうなんじゃないの?」
彼女は少し呆れたため息をつきながらも
頬を赤く染めていて
それが図星だったことは明白だった
「あんた……本当は初めから誰かを求めてたんでしょ?」
「……え?」
「周りを突き放してる頃から、ずっと……誰かを求めてたんでしょ?」
彼女は同じ言葉を繰り返す
私ではなく
両手で掴むカップから目を外し
僅かばかりの哀愁を漂わせる瞳で私を見つめる
12 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/24(土) 00:24:51.41 ID:jHv+MiYwo
「どうしてそう言えるの?」
「あんたがこんな部屋に住んでるからよ」
彼女は言い切って紅茶を一口啜る
その仕草はやはり気品があって
お嬢様であることを再認識させる
「探せば一人暮らし用の場所なんていくらでもある」
「……………………」
「なのにあんたは無駄部屋ができるここに来た……どうして?」
彼女は珍しく……というのは少し失礼かもしれないけれど
私の内側に潜む本心へと
彼女は真面目な声色で問う
「それはいつか誰かが自分の隣に来てくれることを望んでいたから……違う?」
14 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/24(土) 00:38:14.88 ID:jHv+MiYwo
私の内面的な思いは生活に現れていた
彼女はそう言っていて
そして、それは間違いじゃない
この家に帰るたびに
事務所の喧騒との差異に
胸が締め付けられるような痛みを覚えていたのだから
「…………………」
彼女は少し照れくさそうに髪をいじりながら
黙り込む私を見つめる
「春香だってそうだけど、私もあんたのこと……見てるんだから」
「……水瀬さん」
「もう、そんな寂しい思いしなくていいようにしてあげるわよ」
15 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/24(土) 00:50:59.37 ID:jHv+MiYwo
言うやいなや
彼女はフイッと顔を背ける
いつもの照れ隠しのように怒鳴ったりしないのは
そんな余裕がないくらいに
緊張しているから……なのかしら
私は手元にある冷めてしまった紅茶を一口啜りながら
彼女のことを見ず、紅茶だけを見つめて答える
「……ありがとう」
「っ……ばか」
小さな小さな悪態をつく同居人
だけど、彼女は恥ずかしさに頬を染めながらも笑っていて
私もまた
彼女のその歳相応な反応に
思わず笑みをこぼしていた
16 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ] :2014/05/24(土) 00:51:27.31 ID:jHv+MiYwo
終わり
千早と伊織
転載元:千早「初めてよね、私の家に来るのは」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400853484/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400853484/
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素晴らしい
[ 2014/05/24 11:27 ]
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