スポンサーリンク

2013 08/03

P「受験か」伊織「そうよ」.Part3




505VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:06:38.98 ID:ShRRr6oP0





伊織「……」

P「……」

伊織「……ふぅ」

P「……」

伊織「……」

P「……」

伊織「……長い」

P「……年を取ると願い事も多くなるんだよ」

伊織「あらそう。大変ね」





前回
P「受験か」伊織「そうよ」.Part1
P「受験か」伊織「そうよ」.Part2





スポンサーリンク




506VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:07:52.09 ID:ShRRr6oP0



合わせていた手を離し、後ろの参拝者に列を譲る。

俺と伊織は初詣に来ていた。
もちろん合格祈願のためだ。

伊織「たこやき食べたい」

P「……」

ちょっとした仲直りの意味もあったりする。

……いや別に喧嘩してないけどな?

P「すいません、二皿」

<アイヨッ

伊織「ちょっと……」

伊織にくいくいとコートを引かれる。

伊織「一皿でいいわよ。ちょっと食べたいだけだし」

P「……」






507VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:09:27.45 ID:ShRRr6oP0



P「すいません、やっぱ十皿ください」

伊織「!?」

おっさん「おー!あんちゃん気前がいいねぇ!まいど!」

伊織「……馬鹿?」

P「事務所へのお土産だ」

たこやきを受け取って少し外れに移動する。

P「おっと」

ポケットからハンカチを取り出して平らな縁石の上に敷いた。

P「どうぞ、お嬢様」

伊織「あらありがとう、あなた様」

P「貴音の真似か?」

伊織「なに言ってんのよ。アンタこそ少しはわかってきたわね」

P「立派な晴れ着が汚れたらいけないからな」

――





508VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:10:09.82 ID:ShRRr6oP0





P「絵馬書くか」

伊織「……えま?」

P「うん……え?」

P「知らない?」

伊織「……たぶん」

P「……」

……セツメイチュウ……

伊織「裏?」

P「ああ。絵が描いてある方が表だから、無地の方に願い事を書く」






509VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:11:00.58 ID:ShRRr6oP0



伊織「ふーん。なんか決まりごとはあるの?」

P「あー……一般的なのは『小出高校合格!』とか書いて、あとは適当に飾り付けすりゃいいんじゃないか?」

P「後は名前か……」

P「まあ名前はばれるとまずいから書かなくてもいいだろ」

伊織「イニシャルくらいならいい?」

P「ん?ああ、それくらいならいい」

P「あ、そうそうあとは『合格しますように』じゃなくて『合格します』みたいな言い切るように書いた方がいいらしいぞ」

――






510VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:11:52.75 ID:ShRRr6oP0





伊織「完成!」

P「……」

たっぷり20分は待たされた。

伊織「ほんとは金箔でも張り付けてやろうと思ったんだけど」

P「おいおい……」

伊織「冗談よ。で、これはどうするの?」

P「ああ、あそこに掛けるんだ」

拝殿と手水舎の間くらいに、すでにたくさんの絵馬が掛けられている絵馬掛けがある。






511VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:12:24.05 ID:ShRRr6oP0



P「でも、持って帰ってもいいぞ」

伊織「そうなの?」

P「ああ、たぶん」

伊織「たぶんって……」

P「そんなにはっきり決まってるものでもないんだよ。持って帰ってお守りにして、願いが成就したら御礼として持ってきて掛けるってのもいいだろう」

P「ま、好きにしていいぞ」

伊織「……」

伊織「……じゃあ持って帰る」

伊織「神様に頼むのもいいけど、今は勉強してきた自分の力を信じたいしね」

P「そうかい」






512VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:13:55.36 ID:ShRRr6oP0



伊織「あ、アンタここにはんこ押してよ」

P「はんこ?」

伊織「そう」

P「……はは」

思わず少し笑ってしまった。

伊織「な、なによ!?」

P「なんでもない。事務所に行ったらな」

伊織「……ふん!」

笑ったのは別に伊織が言ったことが変だったからではない。
昔講師のバイトをしていた時も教え子に頼まれたことがあったからだ。

いつの時代も受験生の考えは似てくるものかもしれない。

――






513VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:15:39.79 ID:ShRRr6oP0





P「ほれ」

伊織「……ありがと」

伊織にお守りを渡す。
お守りには『合格祈願』と書かれている。
絵馬があるからいいと言っていたが、勝手に買って渡した。

伊織「強引なんだから」

P「まあまあ」

伊織「……っていうか他にも買ったの?」

P「ああ、神社なんてめったに来ないからな」

P「事務所に商売繁盛と……アイドルのみんなには健康祈願……」

P「……小鳥さんには迷ったんだけど」

伊織「……恋愛成就?」

P「いや縁結び」

伊織「……ノーコメント」

――





514VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:17:33.77 ID:ShRRr6oP0





P「じゃあ、一回戻るんだよな?」

伊織「ええ。さすがに晴着のままで勉強なんてできないわよ」

P「ああー、伊織の晴れ着がもう見れないなんて!神はいないのか!」

伊織「……ばかじゃないの?」

P「褒め言葉だな。ありがとう」

P「もう連絡したのか?」

伊織「ええ。すぐ来ると思う」

P「そうか」

伊織「……」

伊織「そういえば、アンタにもまだちゃんとお礼言ってなかったわね」

P「あ?なんだ急に」






515VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:18:19.90 ID:ShRRr6oP0



伊織「言うつもりもないけど」

P「だから別にいいって。今さら……って」

P「なにぃ!?」

伊織「あら、言わなくてもいいんでしょ?」

P「ぬぐぐ……確かにそうだが」

P「面と向かって言われるとなんか腹立つ」

伊織「ふん、嘘ついた罰よ」

P「……うそ?」

伊織「……みんなが私のうちに泊まりに来たことだけど」

P「ああ、それが?」

伊織「アンタは関わってないって言ってたわよね」

P「……ああ」






516VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:19:15.80 ID:ShRRr6oP0



伊織「……じゃあ律子だけはプロデューサーから頼まれた、ってのは律子の嘘かしら?」

P「……」

P「……律子の嘘だな」

伊織「この嘘つき大人!」

P「いて、殴るな!」

伊織「晴れ着なんだから蹴れないの!しょうがないでしょ!」

P「暴力行為をやめろと言ってるんだ!」

伊織「ふん、ほんとかっこつけたい年頃なんだから」

P「ぐ……」






517VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:21:33.59 ID:ShRRr6oP0



P「い、いやせっかくだから律子も行ったらどうだってちょっと言っただけだぞ?」

伊織「ふーん……」

P「ほんとだぞ?」

伊織「……」

P「……それに何もしてないというか、何もできなかった、の方が正しい」

伊織「……」

伊織「私は……あ」

見慣れたリムジンが近づいてくる。
神社の前の細い道、プラス人混みなのにもかかわらず滑るように近づいてくる。

伊織「じゃああとで事務所に行くから」

P「ああ。俺はたぶんいないがな」

目の前にリムジンが止まり、運転席から新堂さんが降りてくる。

新堂「プロデューサー殿、ありがとうございました。お嬢様、お待たせ致しました」

恭しく頭を下げた後、後部ドアが伊織のために開けられる。
伊織は軽く新堂さんに声をかけると車内に乗り込んだ。
新堂さんがもう一度こちらに向かって頭を下げた後、運転席へ戻る。






518VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:22:44.63 ID:ShRRr6oP0



新堂さんの後ろ姿を目で追っていると、後部ドアの窓が開けられた。

伊織「一つ、宣言しとくわ」

P「宣言?」

伊織「私、残りの受験までの勉強を楽しんでやることに決めたの」

P「……楽しむ?」

伊織「ええ」

伊織「っていうか最初からそれに気づいてればよかった」

伊織「いつも通りやれば、伊織ちゃんが合格しないわけないもの」

P「……急に伊織になったな」

伊織「……どういう意味かしら?」

P「なんでもない」

伊織「ふん……」






519VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:24:45.94 ID:ShRRr6oP0



伊織「いつも通り……事務所に行って」

伊織「春香のドジを見て、真をからかって、亜美たちにからかわれて、美希を起こして、みんなに突っ込んで……」

P(突っ込み役は自覚してるのか?)

伊織「……みんなとがんばればいい。それだけのことだった」

伊織「それで……」

伊織「にひひっ、それで絶対に合格してやるんだから!」

伊織「……アンタにお礼を言うのは、合格した時の一回で十分よ!」

P「……そうかい」

そこまで話したところで、車のエンジンがかかった。

伊織は窓を開けたまま手を振っている。
俺も軽く手を挙げて応えておいた。

やがてリムジンがゆっくりと走り出す。






520VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:32:18.36 ID:ShRRr6oP0



窓から見えていた伊織が見えなくなった頃――

『アンタにはいろいろしてもらってるわよ!何もできなかったなんて言うな、馬鹿!』

姿は見えなかったが、声だけが聞こえた。

リムジンはさらに遠ざかる。

声だけしか聞こえなくとも、俺には伊織の顔がはっきりと浮かんできた。

いつもの、不機嫌そうな顔で『ふん!』と言っているのだ。

P「ったく」

P「……いつもの伊織、だな」

そう、普通の人が見たら不機嫌そうな顔で。

けど俺は知っている。その表情は本当の伊織の気持ちとは関係のないことを。






521VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/21(日) 23:33:25.09 ID:ShRRr6oP0



受験まで残り一か月と少し。

いよいよ勝負も大詰めとなってきた、一年の始まりの日のことだった。



つづく





528VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:01:00.87 ID:oyZOVrv+0





――1月中旬

P「これは……」

本日分の全仕事を終えて事務所に戻ると、昨日までなかったものがホワイトボードに飾られていた。
絵馬を模した五角形の型紙に『いおりん高校受験本番まであと「30」日!!』と書かれてある。
日付の部分は付け替えできるようになっており、一日一日カウントダウンされていくらしい。

律子「それ、真美と亜美が作ったんです」

P「へぇ……いい出来じゃないか」

律子「ただ、ちょっと心配してました」

律子「『これ、いおりんプレッシャーに感じないかなぁ?』って」

P「……今のアイツなら大丈夫だろ。喜ぶと思うぞ」

――――






529VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:04:25.11 ID:oyZOVrv+0





伊織「わかった。ありがと」

P「おし」

美希「あ、でこちゃん!調子はどうなのなの?」

伊織「『なの』が多くない?調子はいいわよ」

美希「それはよかったの」

P「っていうか美希は大丈夫なのか?」

美希「なにが?」

P「あれ……」

『高校受験本番まであと「20」日!!』

美希「……」

美希「あはっ☆」

伊織・P「いやいや『あはっ』じゃなくて」

――――






530VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:05:01.52 ID:oyZOVrv+0





『いおりん高校受験本番まであと「10」日!!』

伊織「……」

小鳥「ごめんね、勉強中」

伊織「ん……小鳥?」

小鳥「うん、ちょっと軽食をね」

小鳥「コーヒーと、ドーナツ。どう?」

伊織「あ、ありがと」

小鳥「どういたしまして」

伊織「……おいしい」

小鳥「そう?春香ちゃんが作ったのよ」

小鳥「春香ちゃんにも言ってあげてね」

伊織「うん」






531VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:05:33.11 ID:oyZOVrv+0



小鳥「そういえばこの間、みんな伊織ちゃんの家に行ったのよね?」

伊織「うん」

小鳥「あーあ。私も行きたかったなぁ」

伊織「……いつでも来ていいわよ。別に」

小鳥「そう? ふふ、じゃあ今度お邪魔しちゃおうかしら?」

伊織「構わないわ」

小鳥「……がんばってね」

伊織「……ありがと」

――――






532VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:06:11.46 ID:oyZOVrv+0





P「さて……」

『いおりん高校受験本番まであと「1」日!!』

とうとう伊織の入試前日。

小鳥「プロデューサーさん?」

P「はい」

小鳥「そろそろ時間ですよ」

P「……そうですね」

時計を見ると時刻は夜8時。
今日はいつもより早く帰り、明日に備えることになっていた。






533VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:07:10.27 ID:oyZOVrv+0



P「さて、じゃあ声をかけてきますか」

会議室へ向かう。
伊織は普段事務所の一画、パーテーションで区切られた専用の自習机で勉強しているが、今日は適当な理由をつけて会議室で勉強してもらっていた。

年が開けてひと月と半、伊織は再び事務所に来て勉強していた。

以前は事務所に来ても必要最低限のことしか話さなかった伊織。
ほとんどの時間を机に向かっていて声をかけにくい雰囲気だった伊織。
しかしこの1か月半はそんなことはなくなっていた。

休憩を定期的にはさみ、その時間は事務所にいるメンバーと雑談をしたり。
差し入れをもらった次の日にはお返しのものを持って来たり。
誰かに頼んでテキストから問題を出してもらったり。

いい意味で肩の荷が下りたようだった。

会議室の扉をノックする。

伊織「時間?」

P「ああ」

言いながら会議室のドアを開ける。






534VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:07:42.27 ID:oyZOVrv+0



伊織は座ったまま首だけを回して俺を見た。

伊織「あと2、3分だけいい?あとちょっとで見直し終わるから」

P「ああ。じゃあ終わったら来てくれ。電気も消してな」

伊織「わかった」

会議室のドアを閉め、伊織を残して俺だけ戻った。

「どうでした?」

「バレてる?」

P「いや大丈夫だろ。それよりすぐ来ると思うぞ」

――――






535VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:28:43.42 ID:oyZOVrv+0





伊織「お待たせ……って」

伊織「……何やってんの?」

真「お疲れさまー!伊織!」

響「おつかれー!」

伊織「みんなが揃ってるなんてどうしたのよ?こんな時間に」

真美「ぐーぜんだよ、ぐーぜん!」

伊織「偶然、ねぇ……」

P「なぜ俺を見る」

伊織「別に」

律子「まあまあ」






536VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:29:24.28 ID:oyZOVrv+0



律子「明日が本番でしょ?だからみんな伊織に一声掛けたいって戻ってきたのよ」

美希「でこちゃん泣いちゃう?泣いちゃうの?」

伊織「はぁ……泣くわけないでしょ」

伊織「第一明日が本番なのに」

P「さて、それじゃ時間もないし始めるか」

P「まずはこれ」

ゴンッ

伊織「……」

伊織「……なにこれ?」

P「願掛けだ」






537VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:30:38.98 ID:oyZOVrv+0



小鳥「プ、プロデューサーさん、いつの間に?」

P「今日買ってきました」

春香「これどうするんですか?」

雪歩「あ、もしかして選挙とかでやってる……」

P「そう、まず願掛けとして左目を入れて、願いが叶ったら右目を入れるんだ」

伊織「私がやるの?」

P「当たり前だろ」






538VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:31:09.96 ID:oyZOVrv+0



高木「墨と筆も用意しているよ」

伊織「しゃ、社長まで?」

高木「はっはっは、もちろんだよ。さ、これを使いたまえ」

高木「この筆は由緒あるものでね、昔私がプロ 伊織「どっちに描けばいいの?」

P「左目だから、伊織から見て右側だ」

亜美「いおりん失敗しないでね~」

伊織「……当たり前じゃない」

グリグリ……






539VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:31:52.34 ID:oyZOVrv+0






. .     _., -‐――- 、
     /_____ \
    / / ⌒=‐-‐=⌒ヽ  ヽ
   /  /彡( )   ● ミヽ  l
.   l   l     (´`)    l   |    
   |  l  ≪ミ^ー^彡≫ l  |       
   |  l________l   |
   l                  l
   ヽ.      合       /
.    ヽ     格      /
.     \          /
       └─────┘








540VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:32:27.42 ID:oyZOVrv+0





伊織「……」

一同『……』

P「……ぶふぅ!」

伊織「!?」

亜美「ぷっ!」

真美「あはははははは!!」

伊織「な、なによ!」

千早「くくく……」

P「お、お前……ぷぷ……目ん玉全部塗ったな……くく」

伊織「ち、違うの?」






541VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:33:07.20 ID:oyZOVrv+0



律子「……全部塗りつぶしちゃね……くっ」

小鳥「ま、まあ味があっていいんじゃ……ぷ……ないですか?」

伊織「……!」

P「はは」

伊織「……いいじゃない、独特で」

P「はー……そうだな」

P「おし、んじゃこれは神棚に置いて……と」

P「じゃ、みんなお祈りするぞ」

伊織「みんなでするわけね」

P「ああ」

パンパン!!






542VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:34:31.72 ID:oyZOVrv+0



P「……」

伊織「……」

P「ふぅ……おし」

P「あとは、合格したらもう片方入れるからな」

伊織「はいはい」

P「あとは……」

伊織「なに?」

春香「伊織!」

伊織「は、春香? どうし……」

春香「えへへ……はい!これ」

伊織「はいこれって……」






543VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:36:06.43 ID:oyZOVrv+0



伊織「……リボン?」

春香「うん!応援してるよ!伊織!」

伊織「ちょ、ちょっとこれ……!」

貴音「……水瀬伊織」

伊織「た、貴音?これってなんなの?」

貴音「……これを」

伊織「……」

貴音「このへあばんどを、わたくしだと思ってください」

貴音「……応援していますよ、伊織」

伊織「……」

伊織「……ありがとう」






544VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:37:09.88 ID:oyZOVrv+0



美希「でこちゃん!」

伊織「美希」

美希「ミキはこれなの!はい!」

美希「美希の一番のお気に入りのイヤリングだよ!」

伊織「一番のお気に入りって……いいの?」

美希「うん!でも、ちゃんと合格して返してね!」

伊織「……わかった。借りとくわ」

伊織「ありがとね。あとでこちゃんはダメ」

美希「うん!がんばってねでこちゃん!」

伊織「……」






545VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:39:59.29 ID:oyZOVrv+0



真「伊織!ボクはこれ!」

伊織「リストバンドね……ふふ」

真「あー!な、なんで笑うのさ!」

伊織「いや、真らしいなって」

伊織「ありがと」

真「がんばってね、伊織!」

響「伊織!」

伊織「響」

響「自分はこのいつもつけてるヘアゴムさー!」

伊織「ありがと。でもこれ借りてていいの?その長い髪まとめらんなくなっちゃうわよ?」

響「うん!それよりいつもつけてるやつだからこそ、伊織に持っててほしいんだ!」

伊織「……ありがと、響」

響「へへ、がんばってね!応援してるぞー!」






546VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:41:05.28 ID:oyZOVrv+0



雪歩「伊織ちゃん」

伊織「雪歩……ゆきほ?」

雪歩「わ、私はスコップにしようとしたらプロデューサーに止められて……」

伊織「……」

雪歩「だから、はい、これ」

伊織「……ブレスレット?」

雪歩「これ……私が初めてライブに出た時のアクセサリーなの」

雪歩「記念に大事に取っておいたやつなんだけど……」

伊織「……いいの?」

雪歩「うん、もちろん!がんばってね!」

伊織「ありがとう……雪歩」







547VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:41:41.72 ID:oyZOVrv+0



千早「伊織」

伊織「千早」

千早「私はこれ」

伊織「腕時計?」

千早「ええ。初めてのお給料で買ったものなんだけど」

伊織「いいの?」

千早「ええ。試験の時に腕時計が必要だって聞いたから」

伊織「……ありがと。がんばるわ」

千早「……がんばって」






548VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:45:19.85 ID:oyZOVrv+0



やよい「伊織ちゃん!」

伊織「やよい」

やよい「えへへー、はい、これ!」

伊織「ありがと。でも片方だけになっちゃうわよ?ちゃんと代えのゴム持ってるの?」

やよい「持ってないよ!」

伊織「も、持ってないって……」

やよい「いいの!伊織ちゃんに持っててもらいたいの!」

伊織「……わかった。借りとくわ」

やよい「うん!応援してるからね!ハイ!」

『た~っち!いぇい!』パシン!

やよい「えへへ、がんばって!きっと大丈夫だよ!!」

伊織「……ありがとう、やよい」






549VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:46:17.07 ID:oyZOVrv+0



真美「い~おりん!」

伊織「真美……」

真美「ほい!伝説のヘアゴムだよ!」

伊織「伝説って……いつもつけてるやつじゃない」

真美「だから力が込められてるんじゃん!もうこれで合格間違いナシだね!」

伊織「ふふ、そうね。ありがと」

真美「がんばってね!セ~ンパイ!」






550VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:47:39.92 ID:oyZOVrv+0



あずさ「……伊織ちゃん」

伊織「あずさ」

亜美「おーっと!今回は亜美も一緒だぜ!」

あずさ「私たちからは、これ」

伊織「これって……?」

亜美「新曲の、新衣装のイヤリングだよ!!」

伊織「……!」

あずさ「……仕事再開は新曲発表からって、律子さんが」

伊織「……」

亜美「……がんばってね、いおりん」

伊織「……あり、がと……」

あずさ「待ってるね、伊織ちゃん」

伊織「……うん」






551VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:48:37.44 ID:oyZOVrv+0



律子「さーて、じゃあ私からはこれ」

伊織「……律子がいつもつけてる」

律子「そ。髪留め」

律子「がんばってね、伊織」

伊織「……あ、あの!」

律子「……」

伊織「その……」

律子「……」

律子「……だいじょうぶ」

伊織「……」

律子「話ならあとでいっぱい聞いたげるから、今は明日のことに集中しなさい」






552VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:50:02.22 ID:oyZOVrv+0



伊織「……」

伊織「……ふふ」

律子「なに?」

伊織「やっぱり私の、竜宮のプロデューサーね。律子」

律子「当たり前じゃない」

伊織「ありがと……私、がんばるから」

律子「……信じてるからね」

小鳥「伊織ちゃん」

伊織「こ、小鳥もなの?」

小鳥「もちろん!私はこの胸のリボン!」

伊織「ひよこ色のやつね」

小鳥「がんばってね、伊織ちゃん」

伊織「ありがと、小鳥。……それと、いつもお茶、ありがとね」

小鳥「……ふふ、どういたしまして」






553VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:51:26.66 ID:oyZOVrv+0



P「さて、それじゃ……」

P「最後に、社長からお願いします」

高木「うむ」

亜美(……ピヨちゃん、社長とか大丈夫なの?)

小鳥(だ、大丈夫よ……たぶん)

高木「うほん!あー……水瀬君」

伊織「はい」

高木「4月からここまで、よくがんばったね」

伊織「……」

真美(まじめだ)

亜美(マジメだね、めずらしく)

律子(……あんたたちね)






554VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:52:10.32 ID:oyZOVrv+0



高木「はは、もちろんここがゴールじゃない。明日が本番なのはわかっているよ」

高木「それでも、今はねぎらいの言葉をかけたいと思う」

伊織「ありがとうございます」

高木「そして、明日に向けて本当は激励の言葉を掛けるべきなのだろうが……」

P「……」

小鳥「社長……?」

高木「……ただねぇ」

高木「私には、どうしても君が負ける姿が想像できないんだよ」

伊織「……」






555VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 22:52:58.06 ID:oyZOVrv+0



高木「どう思うね?」

伊織「……」

伊織「……そうですね」

伊織「私は合格しますから」

高木「……ふふ、素晴らしい。ならば私から言うことは特になさそうだね」

高木「では、いつも通りやってきてくれたまえ」

伊織「はい」

高木「ただ」

高木「……君には、みんながついている。そのことは忘れないでくれたまえ」

――――






556VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 23:15:57.68 ID:oyZOVrv+0





P「じゃあ、な」

伊織「ええ、ありがとう」

簡単な激励会の後、俺は伊織を送って帰った。
今日は車の中でいつもの一問一答ではなく、明日の諸注意などを軽く話した。

P「確認」

伊織「持ち物は今日中にそろえておくこと、朝ごはんをちゃんと食べること、早めに家を出ること……えーと」

P「明日の試験中」

伊織「あ、試験中も見られているという意識を持つこと」

問題を解いている最中も試験管に見られている。
だから机に肘をついたり、問題を解き終わったからといって気を抜いたりしてはいけない。






557VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 23:16:31.91 ID:oyZOVrv+0



伊織「あとは」

伊織「……早めに寝ること」

P「ん、オッケーだな。ちゃんと実践しろよ」

伊織「わかってる」

会話が途切れる。

P「……」

伊織「……」

伊織「……じゃあ」

P「ああ」

伊織が助手席から降りる。

コンコン。

窓をノックされたので、助手席の窓を開けた。






558VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 23:17:25.53 ID:oyZOVrv+0



P「なんだ?」

伊織「……なんだか話したいことがあった気がするんだけど」

P「……」

伊織「よくわかんない」

伊織「……いっぱいありすぎるのかしら?」

そう言ってこちらを見つめてくる。
伊織の顔をはっきり見るのは久しぶりな気がした。

少し前に事務所に来なかった時期があったからではない。
だいぶ前からだ。

伊織との仲が深まるにつれて、距離が縮まるにつれて。
なんとなくそうなっていた。
お互い話しているときはどこかあさっての方向を見ていることが多かった。
視線を合わせなくても伊織がどんな顔をしているかわかるようになったこともある。
それに。
なんだか気恥ずかしかったのも、あったかもしれない。






559VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 23:18:15.61 ID:oyZOVrv+0



伊織の顔をじっと見る。
視線を合わせる。

不思議と今は気恥ずかしさは感じなかった。

暗さのせいだろうか。夜の空気のせいだろうか。

ともかく――

P「……試験が終わったら、いっぱい話そうな」

そんなことを言っていた。

伊織「……うん」

伊織も素直に返事をする。
伊織も俺と同じことを考えているのだろうか。
俺と同じことを普段も感じているのだろうか。






560VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 23:19:09.62 ID:oyZOVrv+0



伊織「ありがとう……私、がんばってくるから」

P「……ああ。がんばってこい」

俺はあんまりがんばれという言葉は好きではない。

がんばってることなんて、知ってるからだ。

毎日毎日半端ではない時間を勉強に費やして。

睡眠時間を削って勉強し。

挙句の果てには薬まで飲んで、体調を崩すまで。

これ以上、何をがんばれというのか。

しかし、それしか言えない。

送り出す側としてはいつもそうなのだ。

取材の時も、レコーディングの時も、ライブの時も。

そして、今回も。

伊織がこちらを見ている。






561VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/25(木) 23:19:41.65 ID:oyZOVrv+0





P「……信じてるぞ」

伊織「……ありがとう」



やっぱり、俺にはそんなことしか言えなかった。



つづく





573VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:12:25.65 ID:h+R4HGXn0





――自然と、意識が覚醒する。
室内は暗かった。
最初はまだ目がはっきり開いていないからだと思ったが、そういうことでもないようだ。
枕元の時計を見る。
まだ目覚まし時計が鳴る前だった。

ゆっくりと体を起こす。
今日は仕事がなくなった目覚まし時計を止めた。

軽く体を伸ばす。
起き抜けでも意識ははっきりしていた。
昨日は早く寝たからだろうか。

ベッドから降りてカーテンを開けると、外もまだ薄暗かった。






574VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:13:11.50 ID:h+R4HGXn0



「――おはようございます、お嬢様」

室内の気配を察知してか、新堂がノックをしてからゆっくりとドアを開く。
私もあいさつを返した。

新堂「しっかりお休みになられましたでしょうか?」

いつもは目覚ましにお世話になっているので(もちろん新堂に起こしてもらうことも少なくない)、自然に起きたことを気にしているのかもしれない。

ぐっすり寝たと言っておいた。
事実だ。

シャワーを浴びて、朝食をとる。
いつも通り朝食は一人だった。






575VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:15:59.28 ID:h+R4HGXn0



部屋に戻り制服に着替える。
バッグの中身は昨日のうちに準備してあったが、一応もう一度確認した。
筆記用具、テキスト、ポケットティッシュなどなど。
そして受験票。
新堂に頼んだおいた昼食について聞くと、

新堂「こちらでございます」

普段とは違う包みを渡された。
普段は昼食を頼むと料亭や高級仕出屋の弁当が用意されているはずだが。

私の顔から疑問を読み取ったのか、新堂が口を開いた。

新堂「昨日、奥様が遅くに戻られまして」

驚いた。

なんでも昨日家に(珍しく)戻ってきて、お弁当を作り、再び出て行ったらしい。
昨日は早く寝てしまったのでまったく気づかなかった。






576VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:17:07.39 ID:h+R4HGXn0



新堂「それと、こちらは旦那様からです」

一通の封筒を手渡される。
中には手紙が入っていた。

ちなみに今まで父親から手紙をもらったことはない。

読んでみると「思えば私が勉強に対して口を出したことがきっかけだった」から始まり、ほとんどが一年間のあらすじみたいな内容が書かれていた。
ただ最後に、

「精一杯頑張ってきなさい」

と書いてあった。

読み終わった手紙は封筒に戻し、そのままバッグに入れた。

時間になり、新堂の運転で受験会場となる小出高校に向かう。
着くまでは申し訳程度にテキストを開いてざっと目を通した。






577VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:18:18.95 ID:h+R4HGXn0



20分ほどで目的地に到着したことが告げられる。
事前に言っておいたので校門からは少し離れたところで車は止まっていた。

車から出る際、

新堂「……差し出がましいとは思いますが」

新堂「成功をお祈りさせていただきます、お嬢様」

伊織「ありがとう」

伊織「……いつも、ありがとうね、新堂」

新堂「もったいないお言葉でございます。いってらっしゃいませ」

校門へ向かう。
学校の敷地に沿って歩き、一つ目の角を左に曲がると数人の人が集まっている場所が見えた。






578VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:20:08.11 ID:h+R4HGXn0



さらに近づくと、どうやら校門の前にいる人は学校の関係者ではなく塾の講師らしいということがわかった。
あいさつをされたのでこちらもあいさつを返す。

胸に名札をつけ、腕に塾の名前が入った腕章をしていた。
登校してきた生徒の何人かはその講師たちの元に集まって話をしている。

アイツもこんなことをしてたのかしら、と考えた。
少し立ち止まってその光景を眺めていると、

並んでいる大人たちの一番端に、見慣れた姿があった。
その人影はこちらに気づくと軽く手を挙げた。

近づく。

P「おう、ちゃんと早く来たな」

何してるの? と問いただした。






579VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:20:43.09 ID:h+R4HGXn0



P「早朝激励、ってやつだ。ほら、他の塾の先生も来てるだろ?」

別にアンタは塾の先生じゃないでしょ、とか、こんな朝早くに来なくても良かったのに、とか思ったが黙っておいた。

P「調子はどうだ?ちゃんと寝たか?」

大丈夫、と答える。
実際ちゃんと寝たし、体調も良かった。
現段階ではあまり緊張もしていない。

P「そうか。ほんとに大丈夫そうだな」

P「……ま、来といてなんだがあんま話すこともないんだよな。昨日激励会やったし」

何よそれ、と笑う。






580VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:22:03.29 ID:h+R4HGXn0



でも、プロデューサーの顔を見て安心したのは確かだ。
別に気を張っていた訳ではないと思うが、顔を見た瞬間なんだかふっと体が軽くなった気がした。

ほんと、お人好しね、コイツ。
といった半分呆れたような、やっぱりね、というような気持ちが近いかもしれない。

P「ほら」

プロデューサーが手を差し出してくる。

なに?と聞く。

P「握手だ。……まぁ、儀礼的なものというかなんというか」

左手で自分の頬を撫でながら、右手は突き出したまま。視線は横を向いていた。

はいはい、と言いながら応じる。
触れる直前に、プロデューサーと握手するなんてどのくらいぶりかしら?とふと思った。

手を握る。大きな手だった。






581VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:22:36.05 ID:h+R4HGXn0



P「……信じてるからな。お前も信じろ」

もちろん。

ぎゅっとプロデューサーの手に力が込められる。
私も強く握り返す。
車から降りたばかりの私の暖かい手とは逆に、プロデューサーの手は冷たかった。

どのくらいここで待っていたのか。
具体的に何時ごろ向かう、といった話はしていなかった気がする。
きっとずっと待っていたのだろう。

伊織「……ありがとう」

今日はなんだか『ありがとう』とばかり言っている気がする。

ふとあることを思いつき口に出す。
そういえば。

P「ん?」






582VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:23:07.11 ID:h+R4HGXn0



プロデューサーだけ、激励会の時何も渡してくれなかったわね。

P「え?お、俺もか?」

別に、と言う。
別にいいけど。

P「うーん……って言ってもなあ。今は何も持ってないぞ?」

じゃあ、ペン。

P「ペン?」

そう、シャーペンもついてる多機能ペン。いつも使ってるじゃない。
あれ貸して。

P「あ、ああ……そんなもんでいいなら」

プロデューサーはコートの胸元から手を入れて、いつも使っているペンを取り出す。

P「ほら」

ありがとう、と礼を言ってペンを受け取る。






583VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:23:39.95 ID:h+R4HGXn0



P「……さ、そろそろ行かないとな」

うん、行ってくる。
プロデューサーの元を離れ、受験生入口と書かれた昇降口に向かう。

途中で一度だけ振り返ると、プロデューサーはまだこちらを見ていた。
私に気が付くと、軽く手を振って応えてくれた。

ああ、そうだ――

初めてのライブの時がこんな感じだった。
私は緊張してないって言ってるのにプロデューサーが落ち着かせようとしてくれて。
私は呆れつつやっぱり体が軽くなって。
握手をして、ステージに行く前に一度振り返ると。

やっぱりプロデューサーは手を挙げながら笑っていた。



――――






584VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:24:17.05 ID:h+R4HGXn0





P「……はは」

P「きっと、ヘアバンド以外もつけてるんだろうな」

P「……」

P「がんばれ、伊織」



――――






585VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:26:41.00 ID:h+R4HGXn0





案内の通りに教室に入り、試験までの時間をテキストを見ながら待つ。

時間を確認した後、試験前にとお手洗いに行き鏡で身なりをチェックした。

目を閉じ、深呼吸を二回。

大丈夫――大丈夫。

目を開けると、いつもとは違うヘアバンドが目に入った。

伊織「……がんばるからね、貴音」


――――






586VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:28:56.17 ID:h+R4HGXn0




四条貴音は事務所へ向かっていた。

今日の仕事は午前中のみ。

けれど貴音は、仕事が終わった後事務所に戻り、夕方まで残るつもりだった。

時計を確認すると午前九時近く。

貴音「……きっと大丈夫ですよ、水瀬伊織」


――――






587VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:29:50.25 ID:h+R4HGXn0




教室内の机がすべて埋まる。

室内には30人近くの生徒がいるのに、教室内は静かだった。
暖房の音と、時々聞こえる咳払い。後はテキストをめくる音だけが聞こえた。

時間になり試験管が教室に入ってくる。
二人だった。

軽く注意を受けた後、問題用紙と解答用紙が一人一人配られる。

伊織は腕時計を外し、机の左端に置いた。

ありがとう、千早。

間もなく英語の試験が開始された。


――――






588VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:30:29.70 ID:h+R4HGXn0




如月千早は電車で移動していた。

今日は自宅から直接スタジオへ。

事務所には夕方近くに帰ることになっていた。

彼女が戻るまでに、私は事務所に戻ることができるだろうか。

体を少しひねって窓の外を見る。

冬独特のきれいな空気のおかげか、ところどころに雲が浮かんでいる青空がいつもより高く見えた。

……がんばって、伊織。


――――






589VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:32:22.99 ID:h+R4HGXn0




一時間目の英語が終わった。

英語は得意なので、ほぼ確信に近い状態で解答することができた。

ミスさえなければ満点だって狙えるはずだ。

気持ちを切り替え、次の数学に向けてテキストを用意する。

ついでに左のポケットを探り、入っていたものを取り出す。
しばらくそれらを眺めていた。

伊織「……ありがと、真、雪歩」

リストバンドとブレスレットをポケットに戻し、数学に向けてテキストを読んだ。


――――






590VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:33:33.18 ID:h+R4HGXn0




雪歩「も、もう一時間目とか終わったころかなあ?」

真「そうだね。二教科目に入るころかもね」

雪歩「そっか、そうだよね……」

真「……」

真「ねえ雪歩」

雪歩「うん?」

真「社長が言ってたけどさ、ボクも伊織が失敗するところって想像できないんだ」

真「いつも生意気だけど、その分努力して結果をちゃんと出す、ってのが」

真「……ボクらの知ってる伊織だろ?」

雪歩「……うん」






591VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:35:53.95 ID:h+R4HGXn0



真「……大丈夫だよ、伊織は」

真「きっといつものように『受かって当然ね!』って帰ってくるに決まってるさ」

雪歩「……」

雪歩「……そっか、そうだよね!」

がんばれ、伊織!

がんばってね、伊織ちゃん。


――――






592VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:37:27.97 ID:h+R4HGXn0




平成二十二年度 小出高校入試問題 数学


問1、(-2)-3×(-5)^2 を計算しなさい。

問2、あるプロダクションの今年の人数は、去年より男性が25%増え、全体で10人増えたが、女性は1人減り、男性が   女性より7人多くなった。今年の男性の人数を答えなさい。

問3、1つの内角の大きさが140°である正多角形は何角形か、答えなさい。

問4、2次関数 y=2x^2 のxの変域を -2≦x≦4 としたとき、yの変域を答えなさい。

問5、あるxy座標平面上に3点 A(2,2)、B(4,1)、C(5,4)がある。
   いま点Pは原点Oを出発点として、さいころの目の出方によって、次のように移動する。
   ・1か2の目が出れば、x軸の正の方向に1
   ・3か4の目が出れば、x軸の正の方向に2
   ・5か6の目が出れば、y軸の正の方向に1
   さいころを4回投げたとき、点Pが△ABCの内部または周上にある確率を答えなさい。


――――






593VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:40:58.14 ID:h+R4HGXn0





試験管「それでは、休憩に入ってください」

ふっと教室の空気が弛緩する。けれど誰かが口を開くことはない。

二教科目の数学と三教科目の国語が終わり、50分間の休憩時間になった。
教室内は席を立つものと、座ってお弁当を広げるものに分かれる。
普段の学校のように座席を移動して、友達同士でグループになる生徒もいない。

伊織も一人で弁当を食べた。
食べながら作ってくれた母親のことを考え、食べ終わると弁当箱をバッグにしまった。

時間がまだあったのでお手洗いに行っておく。

席に戻る。

試験管は教室にはいなかったが、ちょっと身を隠しながら制服の袖をまくり上げた。

右腕には様々な色のヘアゴムやリボンがついている。

みんなきれいだね、とてもきれいだね――か。

ありがと、春香、響、真美、やよい、小鳥。
今のところうまくいってるわ。
だから、大丈夫――


――――






594VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:41:38.92 ID:h+R4HGXn0




P「……」

小鳥「今頃お昼食べてる頃ですか?」

P「そうですね」

小鳥「今日は落ち着いてますねー、プロデューサーさんは」

P「まあ」

P「落ち着いてないのは……」

響「うぅ、なんだかじっとしてられないぞ……」

やよい「お、お掃除でもしようかなー……でももうトイレも給湯室も階段もやっちゃったし……」

真美「うあー、また死んじゃったよー!ゲームに集中できないー!」

春香「ちょ、ちょっと真美、声大きいよー」

P「……」

小鳥「ふふ、気になるんですねー」

P「まあしょうがないですけどね」






595VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:42:15.85 ID:h+R4HGXn0



響「ああー!もう!」

真美「うわ!急にどうしたのひびきん?」

春香「だ、だから二人とも声が……」

やよい「プロデューサーに怒られちゃいますー」

P「……」

響「だってじっとしてられないぞ!」

真美「まー、わかるけどさー……」

P「響」

響「う……な、なに?」

P「じっとしてられなかったら屋上行って叫んで来い」






596VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:42:46.37 ID:h+R4HGXn0



春香「プ、プロデューサーさん?」

P「午後の仕事に差し支えるからな。一言叫ぶくらいなら苦情も来ないだろ」

P「……たぶん」

響「ホント!?よーし、自分行ってくるぞー!」

真美「あ、真美も真美もー!!」

春香「ちょ……!ほんとにいいんですかプロデューサーさん?」

P「……いいさ。じっとしてらんない気持ちは俺も良くわかるからな」

やよい「……わ、私も!行ってきますー!」

春香「や、やよいまで!?ま、待ってよー!私も行……わぁ!?」






597VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:43:52.63 ID:h+R4HGXn0



P「ふぅ……元気な奴らだ」

小鳥「今日は甘々ですね、プロデューサーさん?」

P「……返す言葉もないです」

P「小鳥さんは行かなくてもいいんですか?」

小鳥「私は、ここでいいです」

小鳥「……がんばって、伊織ちゃん」

『がんばるさー!いっおりー!!』

P「お?」

『いおりん!ぜったい合格だよー!!』

『いおりちゃーん!がんばってねー!!』

P「……はは」

『がんばれー!いおりー!!絶対!大丈夫だよー!!』


――――






598VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:45:39.32 ID:h+R4HGXn0




平成二十二年度 小出高校入試問題 理科


問1、植物細胞にあり、動物細胞にないつくりを3つ答えなさい。

問2、主に火山の活動などでできる火成岩は数種類の鉱物でできている。その中でも色が無色、または白色の鉱物を無色鉱物というが、無色鉱物を2つ答えなさい。

問3、ある物質を水に限界まで溶かしてできた水溶液を何というか、答えなさい。

問4、日本で冬至の日に太陽が南中したときの南中高度は約何度か、次の中から選びなさい。ただし、日本の緯度は北緯37度とする。
   ①29.6度 ② 45.6度 ③53.0度 66.6度

問5、最近会社や建物の近くに小規模な発電装置を造り、電気を作り出すだけでなく発電時に発生する熱エネルギーも利用するシステムが注目されている。このシステムのことを何というか、答えなさい。


――――






599VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:46:44.73 ID:h+R4HGXn0




四教科目、理科が終了した。

ご飯の後は眠くなるかも、と言われていたがあまり眠気は感じなかった。

次で、最後――

右のポケットに手を入れ、中に入っているものを取り出す。

銀色のキラキラしたイヤリング。

ピンク、黄色、紫のひし形を連結したような形のイヤリング。

緑のイヤリング。

伊織「……ありがとう、美希、亜美、あずさ」

伊織「……律子、ありがとう」

バレッタをぎゅっと握る。

あと一教科。
あと50分で試験は終わる。


――――






600VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:47:28.04 ID:h+R4HGXn0




律子「うん!だいぶ良くなったんじゃない?」

亜美「へへ……やーりぃ!」

美希「あ!真クンの真似なの!」

あずさ「あらあら~……ふぅ」

律子「じゃあ、3分休憩後、また頭から確認ね!」

亜美「うぇ~ぃ……」

美希「……聞いてはいたけど、やっぱり鬼軍曹なの」

律子「聞こえてます」

美希「うっ……」

律子「協力してくれるって言ったでしょ?」






601VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:48:06.19 ID:h+R4HGXn0



亜美「あーあ。ミキミキ、こりゃ雪歩穴を掘るってやつですなー」

律子「……」

美希「……」

あずさ「え~と……もしかして、墓穴を掘る?」

亜美「そう!」

律子「……絶対わかんないわ」

美希「……」

美希「ティンときたの!」

律子「な、なに?どうしたの急に?」






602VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:50:28.33 ID:h+R4HGXn0



美希「ちょっとあずさ、亜美……」

亜美「……ほうほう」

あずさ「あら~、いい考えじゃないかしら?」

亜美「のった!」

律子「あ、あなたたちね、いったい何を……」

美希「あのね!?」

……

律子「無理無理無理無理!!」

美希「その方が楽しいの!」






603VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:51:34.10 ID:h+R4HGXn0



律子「楽しいとかはいいから!まずあなたたちが……!」

亜美「……いおりん、喜ぶと思うよ?」

律子「うっ……」

あずさ「それに、『まずは』と言うことは、私たちが完璧になれば律子さんも考えるということですよね~?」

律子「あ、あずささんまで……」

美希「決まりなの!」

律子「ちょ、ちょっと待ちなさい!大体……!」

ギャーギャー!!

あずさ「ふふ」

あずさ「がんばってね、伊織ちゃん……待ってるから」


――――






604VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:52:15.92 ID:h+R4HGXn0





P「……」

一旦仕事の手を止めて時計を見ると、時刻は5時半を回っていた。

小鳥「……ちょっと遅いですね」

P「まあ順番によってはこのくらい普通だと思いますが」

学力検査自体は3時前には終わっているはずだったが、その後に面接がある。
受験番号だけでは順番はわからないので伊織が何時ごろ戻るかはわからない。
夕方ぐらいまでは何回も「まだですかね?」と確認に来ていたアイドルも今は静かになってしまった。

P「……6時ごろになっても来なかったら、一応迎えに行ってみます」

俺自身、それ以上遅くなると他の仕事場のアイドルを迎えに行かなければならない。
ちなみに今事務所にいるのは雪歩、真、貴音の三人だけだ。
みんなそれぞれの仕事が終わった後に事務所に戻ってきて、そのまま残っているのだった。

と、その瞬間ドアが開く。






605VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:52:50.04 ID:h+R4HGXn0



真「い、いお……!」

千早「……戻りました」

P「おう、お疲れさん」

雪歩「……ほ」

貴音「……」

小鳥「お疲れ様、千早ちゃん」

千早は中に入ると周囲をきょろきょろと見回した。

真や雪歩の様子を見て、

千早「……伊織は、まだ戻ってないんですね」

そう言った。






606VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:53:23.48 ID:h+R4HGXn0



P「ああ。面接の順番が遅いみたいでな」

千早「そうですか……」

伊織「ただいまー」

P「……」

小鳥「……」

千早「……伊織!」

真「伊織!」

雪歩「伊織ちゃーん!」

伊織「ふぅ……疲れたわ」






607VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:54:13.54 ID:h+R4HGXn0



戻ってきた伊織は俺の椅子に座ると、肩にかけていたバッグを下ろした。

P「……お疲れさん」

小鳥「お疲れ様、伊織ちゃん」

伊織「……疲れたわよー、小鳥ー」

そんなことを言って、笑った。

真「……」

雪歩「……」

千早「……伊織」

貴音「……首尾は、いかがでしたか?」

伊織「……」

雪歩や真が聞いていいものか迷っているうちに、千早、そして貴音が声をかけた。

伊織「……」

伊織はすぐには答えなかった。
が。






608VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:55:32.03 ID:h+R4HGXn0



伊織「……完璧」

机に体をだらしなく預けながらも、Vサインを作って言った。

雪歩「……うわぁ!」

真「へへっ!やーりぃ!」

千早「……お疲れ様」

ようやく場の雰囲気が明るいものとなる。

伊織「ありがと……それと」

左腕を上げ、袖をまくる。

伊織「……これもね」

貴音が微笑む。

伊織の左腕には、リストバンドにブレスレット、そして腕時計が着いていた。


――――






609VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 21:56:27.98 ID:h+R4HGXn0





P「みんなを安心させるためにそう言ったかと思ってな」

伊織「……まあそれも少しはあったけどね。でも大きなミスもなかったと思うし、自分の力は出せたと思うわ」

P「……なら完璧で合ってるか」

伊織「ええ」

事務所に戻ってきた後、だいぶ疲れているようだったので伊織はすぐに返すことにした。
みんなはまだ話を聞きたいようだったが、伊織のことを考えたのか一通り労をねぎらった後それぞれ帰途についた。

ちなみに事務所のホワイトボードには、

『無事終了!みんな、ありがとね!!』

と、これから事務所に戻ってくるみんなに向けて伊織直筆のメッセージが残されている。






610VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 22:00:30.97 ID:h+R4HGXn0



P「……」

伊織「……」

車内は静かだった。
疲れてるだろうしゆっくりさせてやりたいとも思うが、もう少し話も聞きたい。
俺は一人でそんな葛藤をしていたが、結局口は開かなかった。

その代わりではないが、今後のことをすこし考える。

昔講師をしていたころは試験終了後に自己採点をし合否のめどを立てるのが普通だったが、今回に関しては自己採点はするつもりはなかった。
というか、自己採点をしたとしても他の受験生の点数などのデータがないのでいかんせん正確性に欠ける。
せいぜい去年までのデータと比較する程度だ。
なので今回は自己採点はなし、合格発表の日ですべてが決まる。

まあ、事務所に帰って来た時の様子を見ると出来がよかったのは本当だろう。






611VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 22:06:13.40 ID:h+R4HGXn0



ふと伊織を見ると、小さな寝息を立てながら目を閉じていた。

精神的なものもあるのだろう。やはりだいぶ疲れていたようだ。

P「……よくがんばったな」

まだ合格発表も済んでいないけれど。

それでも。

伊織の寝顔を見ていると、不覚にも少し目の前が滲んだ。

ここまで、来たんだ。

もちろんすべてが順調な一本道じゃなかった。

俺自身大変なこともたくさんあったが、伊織の比にはならない。

つらいことや、折れそうになったこともあったはずだ。

それでも、一年間俺についてきてくれて。

今日も、一人で戦ってきたんだ。

P「……ほんっと」

P「……すごいやつだよ、お前は」






612VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 22:06:46.70 ID:h+R4HGXn0



長かった受験も、勉強自体に関してはこれにて一段落。

あとは約2週間後。

運命の合格発表を残すのみとなった。



つづく





613VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/07/29(月) 22:08:40.94 ID:h+R4HGXn0



以上。

もし問題解いた人いたらぜひ書き込んでね。模範解答はそのうち出します。

残りはたぶんあと一話+書けたら後日談。
まあ最終回が長すぎたら分割するかもしれませんが……まあその辺はてきとうに。では





614VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/07/29(月) 22:15:56.84 ID:sPDbmpqMo




数学は余裕だったが、理科は一つしかわからなかった





622VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/07/30(火) 01:43:34.23 ID:1lCrmLGCo


1.
-77
2.
"去年の"男性をx,女性をyとすると、
今年の男性、女性の和はこのような関係
(x*1.25)+(y-1)=(x+y+10)
(x*1.25)=(y-1)+7
これをxについて解くとx=44
つまり今年の男性は44×1.25=55人
3.
外角→40[deg]
360/40=9
正九角形
4.
下がって上がるから0≦y≦32
5.
△ABCの周と内部の格子点で、4回サイコロ振って行けるのは
(2,2), (3,2), (4,1), (4,2)
サイコロが12の場合をA、34をB、56をCとすると、
全事象は3^4=81
移動方法は次の組み合わせを並び替えたもの
(2,2)→AACC→6
(3,2)→ABCC→12
(4,1)→AABC→12
(4,2)→BBCC→6
(6+12+12+6)/81=4/9
かな?





627VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:11:03.98 ID:IMmyU4ts0


>>1です。
前回の模範解答

数学

問1、-77
問2、55人
問3、正九角形
問4、0≦y≦32
問5、4/9

理科

問1、葉緑体、細胞壁、液胞
問2、チョウ石、石英(長石、チョウセキ、セキエイなども可)
問3、飽和水溶液
問4、①
問5、コ・ジェネレーションシステム(コージェネレーションシステムでも可)

数学に関しては>>622参照(>>622さんありがとう)

理科は主に単語・知識問題なので解説はなし





623VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/07/30(火) 02:02:20.40 ID:5D2b+z+9O


1
Cell wall, Chloroplast, Vacuole
液胞って動物も持ってたような気もする
2
Quartz、Feldspar類
3
A saturated solution
4
90-37-23.4=29.6
5
Cogeneration





624VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/07/30(火) 03:24:12.44 ID:goA/QGHso


>>623
日本語でおk





625VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/07/30(火) 07:13:28.15 ID:mHEQNWDNo


細胞壁と葉緑素、あとわからん
わからん
飽和水溶液
わからん
コジェネレーションシステム

俺が中学生の時の受験より難しい(断言)





626VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/07/30(火) 10:18:11.67 ID:lvV9/3Q+o


おつ!
久しぶりに見るとホントわからんもんだなぁ





629VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:13:35.30 ID:IMmyU4ts0





受験から2週間と2日。
合格発表の日は晴れていた。

発表の時間は午前11時なので、朝は比較的ゆっくりでいい。

のんびりと8時過ぎに起き、朝食をとった。
準備をしながら、芸能活動をしていたころは考えられないわね、と思った。

その後制服に着替え、9時過ぎに家を出た。
高校まではプロデューサーと行くことになっていたので、10時に事務所で待ち合わせをしている。

いつもの送迎用の車に揺られながら外を見る。
月が替わり三月になっても気温はまだまだ低い。
今日は雲が少なく青空が広がっていた。
そんな青空を見ていたらふとあることを思いつき、新堂に行先の変更を告げた。


――――






630VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:14:46.51 ID:IMmyU4ts0





車が止まり、外からドアが開けられる。

新堂「お待たせいたしました」

礼を言って降りる。
やっぱり気温は低い。
晴れている分、より肌寒く感じた。

伊織「もう戻って良いわよ。どうせすぐそこなんだから」

かしこまりました、と頭を下げ新堂は運転席に戻っていった。
エンジンがかかり車が去っていく。

こういう時、新堂は私の心が読めるんじゃないかしら、と思う。
新堂は余計なことは言わないし、聞かない。
それでも、私の気分が落ち込んでいるときは一言断りを入れて話しかけてきてくれる。
学校や芸能活動のことを差し支えない範囲で聞いて来たり、家であったことを簡単に話してくれたり。
新堂になんでもないことを話しかけられて『私、もしかして気分が沈んでる?』と考えることさえあるほどだ。
そして、よく考えてみると大抵は思い当たる節があったりする。

今回だって何も言わず、すぐに一人にしてくれた。

車が見えなくなるまでそんなことを考えた後、公園に入ってベンチに座る。






631VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:16:38.76 ID:IMmyU4ts0



公園に来たのに何か理由があったわけではない。
以前本当に売れてなかった頃、プロデューサーと来たことを思い出したからなんとなく来てみただけだ。

今日が合格発表だからと言って特に気負っているつもりもない。
いつも通りだ。
ただ、急にこんなことを思いつくなんてやっぱりいつもとは何かが違うんだろうか。

ブランコや滑り台、ジャングルジムなどの遊具がある。
あの時のようにハトもいた。

『ねえ、ここらで私もアンタもやめちゃうってのも一つの手かしら?』

『だって~、続けたって打ちのめされるばっかりじゃない……』

『そうだ、もしそうなったら家でアンタ雇ってあげる!なんでも好きな仕事やらせてあげるわよ?』

『……そう。じゃあ、もしここでやめちゃったらアンタとはジ・エンドって訳ね』

『せっかく組んだのに、結果ゼロっていうのも……やっぱりもう少し頑張ってみようかしら』

『い、言っとくけど別にアンタと離れたくないから続けるんじゃないわよ!カン違いしないでよね!!』

思わず口元が緩んでしまい、慌てて口元を隠す。
なぜこう昔のことを思い出すと笑ってしまうのだろう。

自分があまりに子供だったからなのか。
それとも。






632VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:17:33.48 ID:IMmyU4ts0



「……なーに感傷に浸ってるんだ?お嬢様」

背後から声をかけられる。
バッと振り返る。

伊織「あ、あんた……!」

P「何してんだ?こんなところで」

まったく、なんでこいつはこうもタイミングが悪いのか。
それともタイミングがいいのか。

伊織「別に……アンタこそどうしたのよ」

P「別に」

むかっ。

なにか言い返してやろうとして、やめた。

私は大人になったのだ。





633VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:19:31.84 ID:IMmyU4ts0



プロデューサーが横に座る。

P「どっこいしょ」

伊織「……おっさん」

P「うるせー」

体を伸ばしている。
……やっぱりまだ子供かもしれない。
さっきのお返しにこんなことを言ってみる。


伊織「ねえ、ここらで私もあんたもやめちゃうってのも一つの手かしら?」

P「あ?」

不審な顔をしている。
が、すぐに気付いたようだ。

P「何を言うんだよ、まだ始めたばっかりじゃないか」

伊織「だって~、続けたって打ちのめされるばっかりじゃない」

もちろん、あの時のような悲観的な口調ではない。






634VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:20:12.51 ID:IMmyU4ts0



伊織「そうだ、もしそうなったら家であんた雇ってあげる!なんでも好きな仕事やらせてあげるわよ?」

P「世話にはなれないなあ、残念ながら」

伊織「そう。じゃあ、もしここでやめちゃったらあんたとはジ・エンドって訳ね」

P「そうだなあ、残念だなあ」

伊織「せっかく組んだのに、結果ゼロっていうのも……やっぱりもう少し頑張ってみようかしら」

伊織「言っとくけど別にあんたと離れたくないから続けるんじゃないわよ!カン違いしないでよね!!」

P「……」

P「……なつかしいな。もう2年前くらいか」

そこで会話が途切れた。
ややあってからプロデューサーが聞いてくる。






635VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:20:39.44 ID:IMmyU4ts0



P「……不安か?」

伊織「全然」

本心だ。少なくとも自分自身が把握できる範囲では。

P「そうか」

伊織「私は、アンタが信じてくれた私自身を信じてるもの」

プロデューサーが面食らった顔をこちらに向ける。

伊織「……なんてね。にひひっ」



――――






636VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:22:52.25 ID:IMmyU4ts0





事務所には小鳥しかいなかった。他のみんなは仕事で出ているらしい。
まあかえって気を使わせなくてよかったかもしれない。

いってらっしゃい、といつも通り見送られてプロデューサーの運転で事務所を出る。

P「今日はこの後は何か予定はあるのか?」

伊織「ない。お父様たちはいつも通り仕事だしね」

伊織「なに?デートのお誘いかしら?」

P「そうだとしたら付き合ってくれるのか?」

伊織「冗談」






637VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:24:20.13 ID:IMmyU4ts0



ちなみに芸能活動の再開については今回の結果次第なので正式には発表されていないが、受験が終わった直後からレッスンは再開していた。
ただし案の定体はなまっていて、初日から徐々にレッスンの時間を増やしていくというリハビリに近いものだったが。
合格していれば近いうちに復帰ライブなりイベントなどを考えているらしい。
不合格であれば……あまり考えたくはない。

そんなことを考えているうちに小出高校に着いた。

一旦校門の前を通ったが、すでに生徒が集まり始め、校門前には保護者の姿も見られた。

近くのパーキングに車を止め、プロデューサーと並んで歩く。

伊織「こうしてると親子に見えるのかしら?」

P「……俺はそんな年か?」

伊織「だって普通は保護者じゃない」

P「せめて親戚のお兄さんとか」

伊織「まあなんでもいいわ」

P「じゃあ言うなよ……さて」

今度は歩いて校門前に着いた。






638VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:24:59.92 ID:IMmyU4ts0



P「こっからは一人だな。案内板が出てるはずだから、それに従って行けばいいはずだ」

P「ちなみに合格発表は一斉に張り出されるわけじゃないからな」

伊織「え、そうなの?」

てっきり昔のドラマやニュースなどのような光景を想像していたので少し驚いた。

P「ああ、最近個人情報とかがうるさいからな。一人一人封筒で手渡しされる」

P「受験票は持ってきてるよな」

伊織「ええ」

P「じゃあ受験票を見せるか、番号を聞かれるから用意しとけよ」

P「封筒を受け取ったら開けると……まあ結果が書いてあるはずだ」

結果。

二文字か三文字かが書いてあるというわけだ。






639VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:26:31.16 ID:IMmyU4ts0



P「なにか質問は?」

伊織「それ受け取ったら戻ってきていいの?」

P「……たしか。その他の手続きとかに必要な書類は同封されているはずだし」

伊織「わかった」

P「……じゃ、行ってこい」

伊織「ええ」

プロデューサーを残し、校門をくぐる。
今日は一度も振り返らなかった。

周りには制服を着た集団がいくつか歩いていた。
どうやら各中学校ごとに生徒だけで来るほうが多いようだ。
私のように一人で来ている生徒は少なかった。

とりあえず人の流れについて昇降口の方へ行くと、『平成二十二年度入学者選抜試験結果案内→』と書かれた看板があった。
矢印の方を見ると、少し離れたところに人の列が見えた。

そちらに向かうと、学校の職員だろうか、最後尾の案内をしているスーツ姿の男性がいた。
案内に従い列の最後尾に並ぶ。







640VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:27:00.81 ID:IMmyU4ts0



腕時計を見ると時間は10時50分。
生徒の数はすでにかなり多かった。

あと10分で結果発表が始まる。

大丈夫、大丈夫と気持ちを落ち着ける。

他の生徒たちは同じ中学の友達としゃべったり、落ち着かなく身なりを整えたりしている。
雰囲気のせいか緊張を押し隠そうとしているように見えた。
みな小声で話しているが、人数が人数なのでそれでも大きなざわめきとなっていた。

待つ。

ポケットに手を入れる。

触れるのは滑らかな木の感触。
五角形の木片の周囲を指でなぞったあと、ぎゅっと握りしめた。

大丈夫。

やがて、列が進み始めた。


――――






641VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:27:52.45 ID:IMmyU4ts0





時計を見る。

11時を1分回っていた。

もう発表が始まっているはずだ。

伊織は何番目くらいに並んでいるのだろうか。
ここからは生徒たちは見えない。

周りは何人かの保護者、主に母親だろう、が同じく手持無沙汰に待っている。

年配の男性が目の前を横切る。生徒の父親だろうか。
煙草の匂いがした。

――俺も煙草でも吸おうか。






642VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:28:20.97 ID:IMmyU4ts0



大学を卒業してから禁煙していたが、久々に吸いたくなった。
いや、正確には吸いたくなったわけではない。
何もすることがない状況が堪えがたいだけだと思う。

俺が緊張したところでどうなるものでもないが、緊張するものはしょうがない。

しかしこの場を離れるのもなんとなく気が引けるため、結局そのまま待つことにする。

携帯をいじったり、時計を確認しながら待つこと5分程度。

校門から生徒が出てくる。

最初に出てきた女生徒の二人組は、赤い目をしていた。


――――






643VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:29:06.38 ID:IMmyU4ts0





ようやく列の先頭が見える位置まで来た。

事務窓口のようなところで封筒を渡されているのが見える。
封筒を受け取った生徒は列を外れ、少し離れたところで封筒を開封している。

その後に上がる歓声。
合格していたのだろうか。

先ほどから封筒を受け取って帰る生徒と何度もすれ違った。

三人とも喜んで、よかったね、と言い合いながら帰る生徒もいれば、一人沈んでいる生徒を慰めながら帰る集団もいた。
はっきりと明暗が分かれている。
今日は受験をしてきた生徒たちにとって黒か白しかない。
合格か――不合格か。

また列が進む。

大丈夫、大丈夫。
ぎゅっと絵馬を握る。






644VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:29:33.72 ID:IMmyU4ts0



後ろで話している男子たちの会話が耳に入る。

「……そういや、渡された瞬間に合格か不合格かだいたいわかるらしいぜ」

「ああ、なんか封筒の厚さが違うってやつだろ?」

「そうそう、合格者はいろんな書類が入ってるから封筒が厚いらしい」

「うわぁ、俺薄かったらどうしよう」

そうなのか。
いやただの噂かもしれない。

薄かったらどうしよう、か。

列が進む。

大丈夫、大丈夫。

心臓の鼓動が早くなっているのがはっきりとわかる。
ドクン、ドクンと体中に血液が流れている。






645VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:30:29.62 ID:IMmyU4ts0



絵馬をぎゅっと握る。

不安になってるんじゃない、緊張しているだけ、と言い聞かせる。
そもそもこんな緊張感はいつだって乗り越えてきた。
ステージの前、収録の前、レコーディングの前。
失敗してはいけないとき、どうしても失敗したら、というイメージが浮かぶ。
今までだってそれを乗り越えてきたのだ。

列が進む。

泣いている一人の女生徒が横を通る。
一人で来ているのか、いたたまれなくなり集団から抜けてきたのか。

絵馬をぎゅっと握る。
列が進む。
もう前にいるのはあと4,5人になっていた。

心臓が早鐘のようになっている。
今までだって乗り越えてきたが、これはちょっと次元が違う。

一年――
そう、一年間だ。
今までの一年間が今日の結果にかかっている。

何を今さら。
わかっていたことじゃない。






646VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:31:09.22 ID:IMmyU4ts0



列が進む。

窓口は二つあるので、もう次か、その次には私の番だ。

絵馬をぎゅっと握る。

そう、今までだって乗り越えてきた。
乗り越えてきたが。

いつも横にはプロデューサーがいた。
不安なときは手を握ってくれたし、なんでもない話で緊張をほぐしてくれたりした。

馬鹿って言ったり、わがままだって言われたりした。
でもそのおかげで落ち着くことができた。

プロデューサー。
今、すごく手を握りたい。
ぎゅっと握るから、ぎゅっと握り返してほしい。
それだけで、私は。






647VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:32:03.31 ID:IMmyU4ts0



すぐ前の一人が窓口に行く。

もし。
もし、ダメだったら。

きっとプロデューサーは励ましてくれる。
見放されることは絶対にない。
みんなだって、よくがんばったねって言ってくれるはずだ。

けど。
みんなが笑顔になることはない。

右の窓口から人がいなくなる。

私は。
私はアイドル。

みんなを笑顔にしなきゃいけないんだ。
だってそれが――

「次の方、どうぞ」

アイドル水瀬伊織ちゃんであることの証明なんだから。






648VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:33:00.45 ID:IMmyU4ts0



「受験票をお願いします」

受験票を渡す。
窓口の奥に大量の封筒が用意されているのが見えた。
その中から一つの封筒が選ばれる。
右上にマジックで3487と書いてある。

「はい、3487番ですね。お疲れ様でした」

受験票と一緒に封筒を受け取る。
ありがとうございました、と言って窓口を離れる。

あっさり終わった。
拍子抜けするほど。
心臓はまだバクバクいっているが。

手には封筒。
茶色の、A4の書類が入る大きいものだ。
下には学校名が印刷されていて、右上には受験番号。






649VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 18:34:11.42 ID:IMmyU4ts0



ふと思い出して厚さを確認する。
が、厚いのか薄いのかは判断できなかった。

一息ついて、封筒をつかみ直す。
これを開ければ、結果が書いてあるはずだ。

合格か。

不合格か。

一年間の努力が実るのか。
それとも。

手が震える。

ああ、みんなすごいわね。

いくらアイドル伊織ちゃんでも、これは結構しんどいわよ。

深呼吸を2回した後、意を決して震える手に力を込めた。



――――





650VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:38:23.24 ID:IMmyU4ts0





待ち始めて約40分。
永遠にも等しい時間だった。

何人もの泣いている生徒が通り、何人もの喜んでいる生徒が通り。
再び用もない携帯を取り出しかけたとき、やっと伊織の姿を確認できた。

表情はいつも通り。
笑っているわけでも泣いているわけでもない。
足取りも普通だ。
結果については全く分からない。






651VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:38:50.19 ID:IMmyU4ts0



喉が渇いていることに今更ながら気づく。

伊織が近づいてくる。
手には封筒を持っている。

歩いてきた伊織が、目の前で止まった。

伊織「……」

P「……」

P「……ど」

どうだった? と聞く前に目の前に封筒が突きつけられる。

P「お……」

伊織「まだ開けてない」

P「……は?」






652VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:39:18.76 ID:IMmyU4ts0



伊織「はさみがなかったから。持ってない?」

封筒の封は確かに切られていなかった。

P「お前な……」

伊織「はさみ、持ってない?カッターでもいいけど」

P「持ってるわけないだろ」

伊織「そう。じゃあしょうがないわね」

あっさり引き下がり、伊織は封筒に手をかけた。

本当は手続き関係のことを考えればすぐに開封しなかったことを注意するべきだったかもしれない。
けど、結局入学することにはならないだろうと思いやめておいた。
それに、勝手な考えかもしれないが。
一人で結果を見ることが怖かったのかもしれない。

伊織はその考えを否定するかのようにためらいなく封筒を開けた。






653VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:39:53.94 ID:IMmyU4ts0



伊織「……」

中に入っていた書類を、まとめて封筒から引き出す。
数枚の紙と冊子。

伊織は一番上に入っていた紙を見つめたまま動かない。

――どっちだ。

合格か。

それとも。

ふと周囲の音が消こえなくなっていることに気が付く。
が、周りを見渡してみる余裕も俺にはなかった。

目の前の伊織は静止画のように動かない。

どのくらい時間が経ったか。

たった数秒だったかもしれない。
それとも1分以上はかかったのかもしれない。

そして。






654VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:40:20.08 ID:IMmyU4ts0



伊織「……」

一枚を反転させてこちらに向けた。

白い紙。

はやる気持ちに目が追い付かない。

本文に目を通す。

あなたは、先に行われました平成二十二年度小出高校入学者選抜試験に――






655VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:40:48.44 ID:IMmyU4ts0





伊織「これ……合格ってこと?」



合 格 
致しましたのでここに通知いたします。









656VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:41:17.29 ID:IMmyU4ts0



P「……」

伊織「……」

しばらく無言の時が過ぎる。

伊織はもう一度自分に向けて書類を確認した後、こちらに差し出した。

合 格

何度確認してもその二文字の前に余計な一文字はついていない。
ちゃんと二文字で終わっている。

というか本文以前に、上にでかでかと『合格通知書』と書いてあった。







657VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:42:51.35 ID:IMmyU4ts0





                          『合格通知書』



あなたは、先に行われました平成二十二年度小出高校入学者選抜試験に 合 格 致しましたのでここに通知いたします。



                 <受験番号>             3487番


                  <学科>              普通科


                  <氏名>              水瀬伊織








658VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:43:26.80 ID:IMmyU4ts0




P「……」

伊織「……え?」

2度、読み返した。
合格、と書いてある。

伊織「……何とか言いなさいよ」

書類から伊織の顔に目を移すと、不機嫌そうな顔をしていた。

もう一度書類に目を戻す。

合格、と書いてある。

次の瞬間には体が動いていた。






659VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:44:24.59 ID:IMmyU4ts0



伊織「わ……!」

伊織はなにか言いかけたが物理的に言葉を発することができなくなる。
それくらい強く抱きしめた。

何秒か経った後。

伊織「……くるしい」

呻くような声が腕の中から聞こえてくる。

そこでようやく腕の力を緩める。
伊織が胸の前に持っていた封筒が少しくしゃくしゃになっていた。

伊織「……アンタね」

我に返るが言葉は何も出てこない。

P「あー……」

P「すまん」






660VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:44:53.36 ID:IMmyU4ts0



伊織「通報されるわよ」

P「すまん」

伊織「これ、合格で間違いないのよね」

P「ああ」

伊織「合格……」

手に持っていた合格通知書を返す。
伊織はもう一度目を通した後、封筒の中にしまった。

そして。

伊織「……はぁぁぁぁぁぁぁ」

でかいため息をついた。







661VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:45:19.12 ID:IMmyU4ts0



P「はは、どうした?」

伊織「緊張した……」

ようやく、笑顔になった。

満面の笑みでも、いつもの自信満々の笑顔でもない。

困ったような、泣き笑いのような。

俺でも初めて見る笑顔だった。


――――






662VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:45:49.12 ID:IMmyU4ts0





結局軽く書類を確認した後、早々に車まで引き上げた。

伊織「みんなにメールしとこうかしら?」

P「直接伝えたらどうだ?」

伊織「でも、仕事が終わるまで心配しちゃわない?」

P「いいニュースなんだから大丈夫だろ」

伊織「そう……あ、でも、新堂には連絡しておくわ」

そう言いつつ携帯を操作する。






663VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:46:23.52 ID:IMmyU4ts0



P「お父さんはいいのか?」

伊織「お父様はどうせ仕事ででないわよ……あ、新堂?」

伊織「うん、合格だった……ありがと」

伊織「ま、当然……え?」

伊織「……もしもし」

伊織「はい、合格でした……はい」

伊織「ありがとうございます」

伊織「はい……はい、失礼します」

電話を切った。

伊織「……お父様がいたわ」

P「ほう」






664VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:46:58.53 ID:IMmyU4ts0



伊織「なんでいるのかしら」

P「伊織のことが気になったからじゃないのか?」

伊織「……そうなのかしら?」

P「なんか言われたか?」

伊織「『よくがんばった』って……」

P「……」

P「……よかったな」

伊織「……うん」

P「なあ、この後ちょっと付き合ってもらってもいいか?」

伊織「なに?」

P「まあ……どうだ?」






665VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:47:35.07 ID:IMmyU4ts0



伊織「……まあいいけど。どうせみんなが帰ってくるまで事務所にいるつもりだったし」

伊織「でも、アンタ仕事は?」

P「もちろんあるが……まあ仕事みたいなもんだ」

伊織「……?」

P「気にするな」

目的地に着くまで、伊織は何度も鞄から合格通知書を出して確認していた。
もちろん幾度となくどこに行くの、と聞かれたがそのたびにまあまあ、と言ってごまかしておいた。

20分ほど車を走らせたところで、目的地に着いた。


――――






666VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:48:02.88 ID:IMmyU4ts0





プロデューサーに連れてこられた場所は、

伊織「……スタジオ?」

ライブスタジオだった。

P「そ」

伊織「なんで?……って、待ちなさいよ」

P「ほら行くぞ」

プロデューサーはずんずん中へ入っていく。
最近は入ることのない小さなスタジオだった。
デビュー当時は前座でも来たことがあるし、初めてのライブもこのくらいの小さなハコだった気がする。






667VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:48:35.32 ID:IMmyU4ts0



伊織「なんでライブ会場なの?」

P「んー、って言うか明日ライブがあるんだよ」

伊織「誰の?」

P「お前の」

足が止まった。
その間もプロデューサーは先に進み、階段を下りていく。

伊織「は、はあ!?聞いてないわよ」

P「言ってないからな」

どんどん離されていくので小走りで追いかける。

伊織「ちょっと!ちゃんと説明しなさいよ!」

P「まあまあ。あとで説明してやるから」






668VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:49:06.15 ID:IMmyU4ts0



階段を下りた先にある扉をプロデューサーが開く。

P「さあ、入れ」

厚い防音扉をくぐる。

伊織「……」

小さな室内は、扉とは逆側に腰くらいの高さのステージがあり照明によって照らし出されている。
ホールにはマイクスタンドが数本端に置かれていて、壁にはいくつかのステッカー。
ステージとは対照的に薄暗い。

懐かしい光景だった。

P「ま、好きなとこに座ればいい」

言いながらプロデューサーはいくつか無造作に置かれているパイプ椅子に腰かけた。
私もとりあえず隣の椅子に座る。







669VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:49:35.67 ID:IMmyU4ts0



伊織「……で、説明は?」

P「ああ、ちょっと待ってろ。すぐにわかる」

伊織「はあ……アンタはいつもそうよね」

P「何が?」

伊織「ときどき強引になるってこと。余計なことはぺらぺらしゃべるくせに肝心なことは……」

そこまで言ったところで急に照明が落とされた。
唯一の光源がなくなったせいで、ホールは真っ暗になった。

伊織「……」

数秒後、

『……本日は、765プロダクションシークレットライブにお越しいただき、誠にありがとうございます』






670VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:50:01.69 ID:IMmyU4ts0



スピーカーから、増幅された声が聞こえる。

伊織「……小鳥?」

『本日のお客様は二人だけですので、どうぞゆっくりとお楽しみください』

『それと』

『……合格おめでとう、伊織ちゃん』

伊織「……」

『ちょ、ちょっと、小鳥さん!』

『抜け駆けはずるいぞ!!』

複数の声が割り込んでくる。春香と……響だろうか?

伊織「……アンタたち、仕事じゃないの?」

聞こえるわけはないだろうが、独り言が漏れる。
隣でプロデューサーが笑ったような気がした。






671VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:50:54.71 ID:IMmyU4ts0



『ちょ、ちょっと!マイクマイク!』

スイッチが切れるような音とともに静寂が戻る。
いや、どこか遠くから言い争うような声は聞こえてきていたが。

伊織「まったく……」

ほんとうに、この事務所は。

しばらくして、音楽が流れ始める。


『それでは改めまして!聞いてください!!』

『765プロオールスターズで、「The world is all one!!」』


伊織「……」


『空見上げ 手を繋ごう この空は輝いてる 世界中の手を取り』

『The world is all one !! Unity mind♪』


袖からみんなが出てくる。

伊織「……ガチンコじゃない」

全員ステージ衣装だった。






672VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:51:57.81 ID:IMmyU4ts0




『ねえ、この世界で ねえいくつの出会い どれだけの人が笑っているの?』


春香、千早、雪歩、真。


『ねえ、泣くも一生 ねえ、笑うも一生 ならば笑って生きようよ 一緒に』


やよい、貴音、響。


『顔を上げて みんな笑顔 力合わせて 光めざし 世界には友達 一緒に進む友達がいることを忘れないで!!』


竜宮のみんなはいなかった。きっと仕事が忙しいのだろう。
真美や美希の姿も見えなかった。






673VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:52:27.68 ID:IMmyU4ts0




『ひとりでは出来ないこと 仲間となら出来ること 乗り越えられるのは Unity is strength』


この曲は皆で歌うことが多かった。
今日は7人。
それでも振り付けは完璧だった。
こんなことは練習なしにはきっとできない。


『空見上げ 手を繋ごう この空はつながってる 世界中の手を取り――』


伊織「……」


『空見上げ 手を繋ごう この空は輝いてる 世界中の手を取り』

『The world is all one !! The world is all one !!Unity mind♪』


――――






674VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:53:01.51 ID:IMmyU4ts0




その後もいくつか曲が続いた。

雪歩、春香、真の『alright』や貴音、響の『オーバーマスター』。
やよいと千早の『キラメキラリ』にはちょっと笑ってしまった。

一通り楽曲が終わった後。

やよい『それじゃあ改めましてー!』

千早『合格、おめでとう。伊織』

伊織「……ありがとう」

ステージにいた二人の元へ袖から出てきたみんなが集まる。






675VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:53:32.43 ID:IMmyU4ts0



春香『へへー、びっくりした?』

伊織「まあね。黒幕はこいつ?」

隣にいるプロデューサーを指差す。

雪歩『ううーん、発案者はそうですけど……』

真『ボクたちもすぐそれに乗っかっちゃったからね!へへ』

伊織「……ありがとう。きっと忙しい中練習したのよね?」

響『へへ、まあちょっとはしたけどね!』

貴音『……あなたの努力を考えたらきっと比べ物になりませんよ、水瀬伊織』

伊織「……ありがとう」

真『へっへー、実はこれで終わりじゃないんだよ?』

響『そうそう!伊織を祝いたいって人はまだまだいるんだからな!』

そう言うとみんなはステージから降り、観客席のパイプ椅子に座った。






676VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:53:58.67 ID:IMmyU4ts0



『……!』

伊織「……?」

なんだかマイクを通してぼそぼそと話している声が聞こえる。

春香「あー……ごねてるねー」

千早「……まあ、いきなりだったものね」

『……それでは、次の曲をお楽しみくださいなの!』

伊織「え?」

いまのは美希の声だった。
どうやら袖にはいたらしい。
いたならどうしてさっきは、と思っていると。






677VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:54:24.60 ID:IMmyU4ts0



小鳥『……はーい、音無小鳥でーす……』

どう見ても元気のなさそうな小鳥が出てきた。
服もステージ衣装ではなくいつもの制服のまま。
……そういえば、小鳥の私服姿を見たことがない気がする。

響「ぴよ子ー!元気がないぞー!!」

観客席からも発破がかかる。

小鳥『うう……なんで私だけソロで……それもこんなに急に……』

やよい「きゅ、急とか言わないでくださいー!」

真「そうですよー!ばれちゃいますから!」

雪歩「わわ……真ちゃん、その発言もまずいよぅ……」

P「あいつら……」

伊織「……いい意味でグダグダじゃない。いつも通りでほっとするわよ」






678VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:54:53.07 ID:IMmyU4ts0



伊織「……いい意味でグダグダじゃない。いつも通りでほっとするわよ」

小鳥『……まあいいわ!開き直った事務員の力を見せてあげる!!』

真「ヒューヒュー!」

雪歩「い、いいぞー!ですぅ!!」

小鳥『音無小鳥で「空」、聞いてください!』


――――







679VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:55:36.48 ID:IMmyU4ts0




『――続くレインボー♪』

小鳥が歌い終わる。
相変わらず上手かった。
本気でなぜ事務員をやっているのか疑うレベルだ。

小鳥『……改めて、合格おめでとう、伊織ちゃん』

伊織「……ありがとう」

歓声が沸く。

小鳥『それに、私が恥を忍んで歌ったかいもあったみたいね』

小鳥『……それじゃ、あとはお任せするわ』

そういって小鳥もステージを降りる。
観客席の方に来て椅子に座った。

あとは……美希かしら。

照明が再び消える。

『元気な君が好き 今は遠くで見てるよ ほら笑顔が ううん 君にはやっぱり似合ってる――』

……この曲は。






680VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:56:59.02 ID:IMmyU4ts0



ステージが明転した。その上には。

伊織「亜美……真美……」


『どんな場所にいても君だとわかる 明るい声が ああ 聞こえる 話しかけてみよう 勇気を出して 君の隣に座ってさ』


来てたんだ。
てっきり竜宮のみんなは来てないと思っていた。


『夕日の校庭振り向く横顔 僕の宝物に 一瞬が永遠になる』


そういえばさっき小鳥が急遽ステージに立ったようなことを言っていた。
もしかすると、時間調整だったのかもしれない。
……竜宮のみんなが、仕事から来るまでの。


『元気な君が好き 赤いリボンもキリッと ああ奇跡を起こしそうな 不思議なチカラだね』


聞いたことのない曲だった。
新曲かもしれない。
きっと、これも練習したのだろう。






681VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:57:28.72 ID:IMmyU4ts0




ふと、声がぶれていることに気づく。
真美じゃない。

伊織「亜美……」


『元気な君が好き 今は遠くで見てるよ――』


亜美が、泣いていた。
ほぼ泣きながら叫んでいるに近い。

伊織「……」

そういえば、亜美が泣いているところは記憶になかった。
一番年下でありながら、つらいレッスンでも、仕事がうまくいかなかったときも泣いたことはなかった気がする。

その亜美が。


『ほら 笑顔が ううん 君には やっぱり似合ってる――』


――――






682VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:57:56.39 ID:IMmyU4ts0




曲が終わった。
拍手が起こる。

真美『いおりん、合格おめでとう!』

伊織「ありがとう、真美」

真美『ほら、亜美も……』

亜美『……ぅう……ひぅ……』

亜美はまだ泣き止んでいなかった。
もう最後の方はあまり歌詞も聞き取れなかったが、真美が何とかカバーしていた。

伊織「亜美……」

と。

亜美『うぁああああああああん!!』

亜美がステージから飛び降りて、そのまま飛びついてきた。






683VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:58:38.04 ID:IMmyU4ts0



亜美「よかったよぉ……いおり~ん……」

抱き留めて、頭を撫でる。
正直、私もちょっとまずい。
目の奥の方に、じわっと何かが込み上げてくる。
のどがつまったようで声が出にくい。

伊織「……ありがとう、亜美。もう大丈夫」

なんとかそれだけ言うことができた。

亜美「うぐっ……たいへんだったよぉ……いおりん、が、いなくて……」

伊織「ごめんね……もう大丈夫だから……」

意外だった。
亜美がこんなふうになるなんて。
いつも通り素直に喜んでくれると思っていた。

『ほんと、大変だったわよ~』

気が付くと、ステージ上にはあずさと律子がいた。

伊織「……あずさ……律子」






684VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 21:59:21.65 ID:IMmyU4ts0



あずさ『やっぱり、リーダーがいると「竜宮小町」って感じがするわね~』

律子『……改めて、合格おめでとう伊織』

伊織「……ありがとう」

伊織「……ところで、その恰好は?」

あずさはともかく、律子もステージ衣装を着ていた。
後ろ髪を三つ編みにしていて、完全に以前の「アイドル秋月律子」だ。

律子『まあ……成り行きで』

亜美「……へへ、りっちゃんもお祝いしたいんだって」

腕の中の亜美が言う。
まだ目元は濡れているが、新しい涙は出ていないようだった。

律子『まあ……ね』

あずさ『うふふ~、律子さんも素直じゃないからね~』

あずさ『じゃあ、私たちからはこの曲をお祝いとして歌わせてもらうわ~』

律子『……「Best Friend」』






685VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:00:55.45 ID:IMmyU4ts0



曲が流れ始める。
この曲も聞いたことがない曲だ。


『もう大丈夫心配ないと 泣きそうな私の側で いつも変わらない笑顔で ささやいてくれた』


伊織「……」


『まだ まだ まだ やれるよ だっていつでも輝いてる――』


伊織「ねえ……亜美」

亜美「……なに?」


『時には急ぎすぎて 見失う事もあるよ 仕方ない』


伊織「迷惑……かけちゃったね」

亜美「……」


『ずっと見守っているからって笑顔で いつものように抱きしめた』


亜美「……ほんとだよ」

伊織「……ごめん」







686VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:01:30.44 ID:IMmyU4ts0




『あなたの笑顔に 何度助けられただろう ありがとう ありがとう――』


亜美「……でもね」

伊織「……」

亜美「ちょっと、うれしかったかも」


『Best Friend――』


伊織「……うれしい?」

亜美「……いおりんががんばってるの、知ってたし」


『こんなにたくさんの幸せ 感じる時間は瞬間で』


亜美「それに……いつもリーダーとして亜美たちを助けてくれたでしょ?」

伊織「……」


『ここにいるすべての仲間から 最高のプレゼント――』


亜美「だから……少しでも大変ないおりんに、恩返しできたかなぁ、って」

伊織「……」







687VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:02:04.54 ID:IMmyU4ts0




『時には急ぎすぎて 見失う事もあるよ 仕方ない』


亜美「……」

伊織「……もちろん……ううん」


『ずっと見守っているからって笑顔で いつものように抱きしめた』


伊織「いつも、助けられてるのは……私の方よ」


『あなたの笑顔に 何度助けられただろう ありがとう ありがとう Best Friend』

『ずっと ずっと ずっと Best Friend――』


――――






688VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:02:50.21 ID:IMmyU4ts0




曲が終わり、律子とあずさはそのまま袖に引いて行った。

P「……さて、じゃあ亜美」

亜美「うん!」

伊織「?」

亜美「行こっ、いおりん!」

伊織「え?」


――――






689VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:04:46.85 ID:IMmyU4ts0




亜美に手を引かれ舞台袖の控室に入ると、律子、あずさ、そして美希がいた。

美希「でこちゃん!おめでとーなの!」

私の姿を認めた瞬間、美希が抱き着いてくる。

伊織「ありがと」

美希「へへー、やっぱりでこちゃんはすごいの!さすがミキが認めてるだけのことはあるって思うな!」

伊織「まったく口が減らないわね」

美希の肩越しに笑っているあずさと律子が見える。

あずさ「……」

律子「……よく、がんばったね」

伊織「……うん」

ああ、まずいまずい。
また泣きそうになってしまうから、そんな顔でそんなことを言わないでほしい。







690VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:05:16.37 ID:IMmyU4ts0



美希「でこちゃん、今日はミキも一緒に踊るからね!」

落ち着けと自分に言い聞かせていると、美希がそんなことを言う。

伊織「……どういうこと?」

律子「こういうことよ」

律子が、後ろにあったダンボールからビニールに包まれたものを取り出した。
それをこちらに差し出してくる。
白をメインに襟から首元にかけてピンクを基調とした極彩色で彩られている。
真ん中には七色のひし形が縦に並んでいた。

伊織「これ……」

律子「新曲の、衣装」

伊織「……」






691VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:05:43.88 ID:IMmyU4ts0



律子の手から衣装を受け取る。
後ろから亜美が声をかけてきた。

亜美「いおりんと一緒に着るってがまんしてたんだからね!」

あずさ「うふふ、そうそう」

伊織「今度の……新曲ね」

律子「そう。今日は明日のリハーサルも兼ねてるからね」

伊織「あ、そう言えばプロデューサーが明日はライブだって言ってたけど、どういうこと?」

律子「ええ。伊織の復帰ミニライブを計画したのよ」

律子「……プロデューサーがね」

伊織「……やっぱりアイツなのね」







692VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:06:45.74 ID:IMmyU4ts0



律子「まあね。ほんとは伊織の活動再開は新曲リリースからってことになってたんだけど」

律子「ほら、伊織が『絶対合格するから大丈夫』ってもうレッスン始めてたでしょ?」

確かに、受験が終わってから合格発表の今日までレッスンを再開していた。
……正直レッスンを入れたりして時間を埋めないと不安だった、という理由もある。
余計なことばかり考えてしまいそうで。

律子「……私には、その勇気はなかったんだけどね」

伊織「え?」

律子「だって、ライブってことは事前に告知もしなきゃないしチケットももう販売してるのよ?伊織は気づかなかったかもしれないけど」

律子「もちろん伊織のことは信じてたけど……万が一ってことがあったら取り返しがつかないじゃない」

確かに。それが普通だろう。

律子「それを『責任は俺が取る』って自分で進めちゃったんだから」

あずさ「……『伊織も、きっと早く復帰したがってるだろうから』ってね~」






693VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:07:16.33 ID:IMmyU4ts0



亜美「まったく妬けちゃいますな~」

伊織「な……!なに言って……!」

亜美「まあ亜美にはりっちゃんがいるからいいんだけどね~」

まったく。
亜美もすっかりいつも通りだ。

いつも通り――

伊織「……ふふ」

思わず顔がほころぶ。

そう、いつもの場所だ。

私のいるべき場所。


――――






694VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:07:51.37 ID:IMmyU4ts0




衣装に着替えながら、話の続きを聞いた。

伊織「……ふーん、ってことは明日もみんなでやるってことね」

律子「そ。さすがに伊織だって新曲の練習しかしてないし、今から他の曲の立ち練習なんてやってる時間ないしね。竜宮でやるのは『SMOKY THRILL』と新曲だけ」

伊織「で、律子もアイドル復帰って訳ね」

律子「ちがっ……!」

伊織「冗談よ」

律子も衣装に着替えていた。
どうやら今日は一緒に歌ってくれるらしい。

伊織「どうせならこのまま復帰しちゃえばいいのに」

律子「冗談。今回用の軽めのレッスンだけでへとへとになっちゃったんだから」

美希「そうそう。律子……さんよりミキの方が覚えが早かったの」

律子「……否定できないのが悔しいわね」






695VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:08:20.46 ID:IMmyU4ts0



ちなみに今回は美希が入ってクインテットになっていた。
四人より五人の方が立ち位置の調整や振り付けなど、ベースがある分簡単だからだ。
美希は『でこちゃんを驚かすためなら喜んでやるの!』と快く受けてくれたらしい。

亜美「そうだ、いおりんイヤリング持ってきてくれた?」

伊織「イヤリング?」

言われて気が付く。

そう言われると確かに色合いがぴったりだった。

亜美「そう。あれがないと亜美もあずさお姉ちゃんもバランスがおかしくなっちゃうよ」

脱いだ制服のポケットから借りていたイヤリングを取り出す。
それを渡そうとして。

伊織「……」

借りていたものを、自分の耳に着ける。
その代わり、私用にケースに入っていたイヤリングを二人に渡した。






696VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:08:55.35 ID:IMmyU4ts0



ついでなので、律子にあることを頼む。

律子「これでいい?」

鏡を見る。
けっこう似合ってると思う。

伊織「うん、ありがとう」

律子「さて……それじゃ行きますか」

おさげ髪の竜宮小町のプロデューサーが言う。

あずさ「うふふ~、新曲初披露ね~」

私のイヤリングを右耳に着けたあずさ。

亜美「んっふっふ~、竜宮小町、完全復活!」

私のイヤリングを左耳に着けた亜美。

美希「ミキが加入してるから、パワーアップしてるって言ってほしいな!……あと律子、さんも」

律子「アンタね……」

今回のためだけの衣装に身を包んだ美希。
今回のためだけに復帰してくれる律子。






697VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:09:25.26 ID:IMmyU4ts0



伊織「……」

深呼吸をする。
大丈夫。

私は、アイドル。

亜美「いおりん!」

あずさ「伊織ちゃん」

律子「……伊織」

美希「でこちゃん!」

伊織「……ええ」

伊織「竜宮小町、行くわよ!」


――――






698VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:10:13.33 ID:IMmyU4ts0





真「あ、来た来た」

P「……」

新曲の衣装は、文字通り七彩だった。

真美「くぅ~、やっぱり新しい衣装はいいですなあ!」

雪歩「うわー、なんだかどきどきしてきちゃった……」

同じ衣装に身を包んだ五人が配置につく。

律子「……それでは、本日の主役から一言」

中央の伊織が、一歩前に出た。
スタジオは沈黙している。
普段は騒音を出すのが仕事のはずの機材までもが耳を澄ませているようだった。






699VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:10:42.24 ID:IMmyU4ts0



伊織「……みんな」

声が反響する。

伊織「今日は、ありがとう」

伊織「……ううん、今日だけじゃない」

伊織「今日まで……そして、いつも」

伊織「……ありがとう」

伊織が五指を広げた右腕を上げる。
その右腕には。






700VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:11:34.38 ID:IMmyU4ts0



伊織「みんながいたから……」

色とりどりのヘアゴムやリボンが巻かれていた。
他にも腕時計やブレスレット、リストバンドも見える。

伊織「みんなのおかげで……今日があるの」

ヘアバンドも伊織のものじゃない。
髪型も、普段の律子のように後ろ髪をまとめてアップにしてあった。

伊織「みんながいたから、この歌を、ここで歌うことができる」

伊織「だからその感謝の気持ちを……この歌に込める」

伊織「だって私は……ううん、私たちは」

伊織「……アイドルだから!」

歓声が上がる。

誰よりも、伊織の言葉の意味が分かるから。






701VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:12:18.15 ID:IMmyU4ts0




伊織「聞いてください、竜宮小町で」

伊織「……七彩ボタン!」



『君がくれたから七彩ボタン すべてを恋で染めたよ』

『どんな出来事も 越えて行ける強さ――』




『――君が僕にくれた』



――――






702VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:12:47.01 ID:IMmyU4ts0





伊織「……お待たせ」

P「お待たせって……着替えてないじゃないか」

シークレットライブを終えた後、俺は伊織を待っていた。
他のアイドルたちは最後の曲が終わると慌ただしく仕事に向かってしまった。
……現実はこんなものである。
まあ、なんとかスケジュールを調整して数時間だけでも全員に空き時間を作ることだけでも相当大変だったのだが。

伊織「いいじゃない。どうせアンタもこの後は空いてるんでしょ?」

P「夜まではな」

律子がいらん気を回して俺にも空き時間ができていた。






703VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:13:16.04 ID:IMmyU4ts0



P「……まったく、律子さまさまだな」

本音だ。
正直、律子やほかのアイドルたちの協力がなければ合格の二文字を勝ち取れていたかわからない。
みんなが仕事の移動を自分たちでしてくれたり、律子や音無さんが事務仕事の大半を担ったりしてくれたおかげで俺も多くの時間を伊織の勉強に裂くことができたのだ。

それは伊織も良くわかっているのだろう。

伊織「……ほんとにね」

伊織は俺の横まで来ると、隣のパイプ椅子にすとんと座った。

P「ほら」

伊織「……」

オレンジジュースを差し出す。
待っている間に自販機で買ってきたものだ。

伊織「……気が利くじゃない」

P「光栄だ」






704VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:13:44.63 ID:IMmyU4ts0



ステージを見る。

先ほどの竜宮小町のステージを思い出した。
正直2週間で伊織の勘が戻るか心配ではあったが、なかなかどうして立派なものだった。
これなら明日のライブも大丈夫だろう。
小規模のものとはいえ、お客さんに中途半端なものを見せるわけにはいかないのだ。

ふいに隣から笑い声が聞こえる。

P「なんだ?」

伊織「ううん」

伊織「……アンタからオレンジジュースをもらうと、一緒に活動してた頃を思い出すな、って」

P「……そうだな」

P「しかし……いつまでたっても落ち着かないなあ」






705VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:14:35.47 ID:IMmyU4ts0



去年……いや、もう去年ではないか。
一昨年にデビューして、お互いにぶつかり、蛇行しながらトップへの道をなんとか頂上付近まで上ることができた。

もう俺の手を離れても大丈夫と、別々に活動し始めた直後に竜宮小町結成。
その時も一悶着あった。

そして今回である。

伊織「……まったくね」

伊織「でもいいじゃない。山も谷もない人生なんてつまらないでしょ」

P「……お前はすごいよ」

伊織「ふん、当然よ」

伊織「……」

伊織「でもまあ今回は……」

P「ん?」






706VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:15:02.75 ID:IMmyU4ts0



そう言ったきり続きの言葉は出てこなかった。

そう短い付き合いじゃない。
特に言葉を促すこともせず、何も言わずに待った。

椅子がぎしっと音を立てる。

隣を見ると伊織が立ち上がっていた。

伊織「……ねえ」

P「なんだ?」

伊織「実は、もう一曲練習したい曲があるんだけど」


――――






707VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:15:30.02 ID:IMmyU4ts0




伊織「じゃあ、いいわって言ったら曲かけてちょうだい」

そう言って伊織はマイクを持って音響室を出て行った。

ライブハウスの専門の機械など使ったことはなかったので、音無さんに電話をかけた。
指示を聞きおそるおそるスイッチをいじって、なんとか曲をかけることに成功した。
これで俺のスキルがまた一つ増えたわけだが、それよりもこういう機械の扱いまで心得ている音無さんには全く驚かされる。
音無さんも過去が全く読めないからなあ、などと考えていると

『聞こえてるー?プロデューサー?』

室内の天井、角に設置してあるスピーカーから伊織の声が聞こえた。

P「聞こえてるよ!!」

ドアを開けステージ方向に大声を出す。
ここから見るとステージはだいぶ遠く見えた。

スイッチに手をかけ、伊織の合図を待つ。






708VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:15:57.74 ID:IMmyU4ts0



伊織『……』

スピーカーからはマイクが拾った雑音、そしてかすかに伊織の息遣いが聞こえる。

伊織『……ねえ、プロデューサー?』

なんだ、と言いかけてここからじゃ声が届かないことを思い出す。
扉の方へ移動しようとしたところ、スピーカーからの伊織の声に押しとどめられた。

伊織『そのまま聞いて』

伊織『……』

伊織『今日は、本当にうれしかった。みんなが来てくれて』

P「……」

伊織『正直、本当にきつかったわ、この一年間』

伊織『プロデューサーの言っていた通りだったわね』

ガラス越しにステージ上の伊織が見える。
位置的に見えるのは横顔、どこを見ているのか、まっすぐ観客席を見つめたまま話している。






709VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:16:28.34 ID:IMmyU4ts0



伊織『ほんと、いつ心が折れてもおかしくなかったと思う』

伊織『でも、なんとか耐えて頑張ることができたのは……』

伊織『きっと、みんながいたからだと思う』

伊織『いつも気を使ってくれたし、励ましてくれたし……』

伊織『みんなのためにも頑張らなきゃって、そう思った』

伊織『……』

伊織『うん……そう思ったの』

伊織の声が途切れる。
ステージ上の伊織は、うつむいて言葉を探しているように見えた。

どうせ声を出しても聞こえない。
俺は黙って次の言葉を待った。

伊織『……あは、やっぱり何が言いたいかうまくまとめらんないわ』

伊織『普段のインタビューとかだったら、すらすら話せるのに……』

伊織『……伝えるって難しいわね』

P「……ほんとにな」

聞こえるはずもないのだが思わず相槌が出た。






710VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:17:01.83 ID:IMmyU4ts0



思いは言葉にしなければ伝わらない。
しかし、言葉にしたからと言って思いが全部伝わることなどありえない。
そのせいで今回だっていろいろと大変な目にもあった。

……伊織も、今同じことを思っているのだろうか。

伊織『……けど』

伊織『けどね』

伊織『……たった一言で、すごく救われたこともある』

こちらを見る。

伊織『ふふ、きっとアンタにはわからないでしょうね』

伊織『なんか思いつく言葉があるなら言ってみてくれないかしら?』

P「……?」






711VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:17:37.05 ID:IMmyU4ts0



何だろうか?
特定の言葉など、正直思いつかない。

伊織『……はい時間切れ』

遠目にだが伊織の口元がわずかに微笑んだのが見えた。

伊織『はあーあ、しょうがないわねー』

伊織『そんな鈍感なプロデューサーにはこの歌を用意しといて正解だったわ』

伊織『準備はいい?』

準備。
慌てて再生スイッチに手を伸ばす。

伊織『それじゃ、聞いてください。水瀬伊織で――』



伊織『――ホウキ雲』






712VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:18:05.62 ID:IMmyU4ts0





『どこか遠くで 耳を 澄ましている人がいる あらゆる場所で 空を見上げているひとがいる』



伊織『昔経験してるって、なに?』

伊織『アンタが昔教えた生徒に、私がいたわけ!?』

伊織『私は今回初めて試験を受けるの!それなのにどうして無理だなんて決めつけるわけ!?アンタはなに?神様!?』

伊織『……馬鹿!』



P(……どうなることかと思ったな、最初は)







713VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:18:35.15 ID:IMmyU4ts0





『夜空の下で 口笛ふいてる僕たちは 言葉もないまま 指でただ星座をなぞってる』



伊織『……ごめんね』

伊織『……テスト』

伊織『いい結果出せなかったでしょ?』

伊織『せっかく教えてもらったのに……』



伊織(中間テスト、あれは落ち込んだわね)






714VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:19:11.10 ID:IMmyU4ts0





『寒がりやの夢 冷たい君の手 あたためる魔法は 1つの道を信じること』



伊織『ぷ、あははははは!』

伊織『なにあほ面して固まってんのよ!』

P『く……!』

伊織『冗談よ、冗談!たまにはこんなパターンもいいでしょ?にひひっ』

P『ぐぬぬ……』



P(……あの時気づいておけば、って後々後悔したっけな)






715VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:19:57.70 ID:IMmyU4ts0





『彗雲の向コウに見つけた 一粒の星は 輝く星でも かすかな星でも 君だけの光』



伊織『……ごめんなさい』

P『いいさ。俺のほうも反省点はいっぱいある』

P『ただ今はそんなことを言ってても始まらない』

P『だからあとちょっとだけがんばろう』

P『そして、受験が終わったら『ほんとにきつかった、いろんなことがあった』って話そう』

P『……もちろん笑ってな』



伊織(クリスマス……本当にありがたかった。仲間がいることがこんなに頼もしく思えたことはなかったわ)






716VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:21:18.53 ID:IMmyU4ts0





『胸の雲の向コウに見えないままの道しるべ さぁ この手をひらいて今 何を信じますか?』



伊織「私、残りの受験までの勉強を楽しんでやることに決めたの」

伊織「いつも通り……事務所に行って」

伊織「春香のドジを見て、真をからかって、亜美たちにからかわれて、美希を起こして、みんなに突っ込んで……」

伊織「……みんなとがんばればいい。それだけのことだった」

伊織「にひひっ、それで絶対に合格してやるんだから!」



P(……ああ、やっぱりこいつすごいな、って素直に思ったな)







717VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:21:51.90 ID:IMmyU4ts0





『ほんの少しの風が吹きました 最後の魔法は――』



P「……信じてるぞ」



伊織(きっと……あなたは説明してもわからないわね)



『――弱い心も信じること』



伊織(あの言葉に、どれだけ救われたか)









718VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:22:29.61 ID:IMmyU4ts0





『彗雲の向コウに見つけた 一粒の星は 輝く星でも かすかな星でも 君だけの光』



伊織(実際に試験を受けてるときも)



『胸の雲の向コウに見えないままの道しるべ さぁ この手をひらいて 今 何を信じますか?』



伊織(今日の……発表の時だって)



『目をとじて 目をあけて 今 何が聞こえるの? 何が見えてるの? 君だけの光』



伊織(……いつだって、怖かった。もう駄目かもって思った。けど)



『青い屋根に登って 生まれた夜空 見下ろした 叶わないことなんてない――』



伊織(プロデューサーが……あなたが、いたから)



伊織『――ひらくのは その君の手――』








719VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:23:03.67 ID:IMmyU4ts0





伊織『……』

P「……」

伊織『……』

伊織『……ありがとう。今なら言えるわ』

P「……」

伊織『……みんなが、プロデューサーがいたから』

伊織『今日、この日、この場所にいられるの』

伊織『本当に』

伊織『……ありがとう』

P「……こちらこそ」

ステージにいる伊織の頬を、涙が一粒だけ流れた。






720VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:31:51.37 ID:IMmyU4ts0



伊織はまだ前を、観客席の方を見つめている。

俺には横顔しか見えない。

ふと、先ほどの七彩ボタンの歌詞を思い出した。

『ほらね 気づいたら 同じ 目の高さ――』

……身長が、少し伸びたな。

あたりまえか。

もう伊織と出会ってから2年以上経つのだ。

以前はまだ子供だった伊織。

わがままお嬢様だった伊織。

ただ、今ここから見える横顔は――







721VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:32:25.73 ID:IMmyU4ts0



伊織『ところで』

伊織がこちらを見ていた。

泣きながら、笑っている。

P「……なんだ?」

聞こえるはずはない。

が、伊織には聞こえているのではないか。

伊織『……』

伊織『……あんなに強く抱きしめられたこと、パパにもないんだからね』

P「……」

伊織『それに、あの時はもういろんなことが頭の中をぐるぐる回ってて何もわからなかった』

伊織『……』

伊織『……それだけ』







722VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:32:51.51 ID:IMmyU4ts0



機材のスイッチを切った。
当然マイクのスイッチも切れたため、伊織の声も聞こえなくなる。

問題はなかった。

俺には、伊織の言いたいことがわかっていたから。

それに。

アイツが――伊織が、素直に言葉にするはずがないということも。

音響室を出て、伊織に近づく。

伊織が口元からマイクを下げた。

うるんだ瞳で、笑っている。

きれいだ、と思った。

そして。






723VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:33:44.98 ID:IMmyU4ts0



伊織「……今私が何をしてほしいかわかる?」

P「ん……なんだろうな」

いつものやり取り。
ちょっとだけずれてる、言葉のやり取り。

伊織「はぁ……まったく、プロデューサー失格ね」

P「……まあ一個だけ、これかな? ってやつはあるがな」

それにしても照れくさい。
でもしょうがないのだ。

伊織「……なに?」

P「合ってるかどうかわからんが、やってみてもいいか?」

P「……伊織がしてほしいこと」

女王様が、それをご所望なんだから。






724VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:34:26.66 ID:IMmyU4ts0



笑いながら、いたずらな表情で、伊織は言った。



伊織「違ったら――」



伊織「――にひひっ、違ったらおしおきなんだからね!!」





おわり





725VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/01(木) 22:38:11.97 ID:IMmyU4ts0



ということで以上となります。もしここまで読んで下さった方いましたら、お疲れ様でした。そしてありがとうございます。


万が一質問や意見などありましたらどうぞ。とりあえず明日あたりにHTML依頼出そうかと思いますので、それまでに書き込みくだされば基本何でも答えます。

気が向いたら短い後日談でも書こうかと思いますが、いったんはこれで終了です。では





726VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/08/01(木) 22:43:42.62 ID:mD1oa7hwo


>>1お疲れ様でした!
懐かしいものもあって伊織愛が伝わってきました
それと合格発表の時にじらすなんて意地悪だわ
ずーっとドキドキして悶え苦しんでたwwww
よければ後日談もみたいです!

とにかくお疲れ様でした!





729VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/08/01(木) 23:02:05.93 ID:+i90Gz7B0


いい話だった
乙です





730VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/08/02(金) 01:11:08.42 ID:1YTVQFCro


素晴らしかった乙
合格発表で焦らされてドキドキした





731VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/08/02(金) 08:48:48.82 ID:/pn6tRxbo


この焦らし方はプロの犯行、それも蕎麦屋。
いいもの見させてもらいました。乙です!





732VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/08/02(金) 09:58:05.87 ID:NvPequhAO


そうか…
いおりんBest Friend知らない世代か…





733VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] :2013/08/02(金) 15:50:54.92 ID:YdFrebx00


乙乙
すげぇ面白かったよ
心情描写がしっかりしてる作品はいいものだ





738VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:02:58.39 ID:GFpBVIqD0



おまけ 

P「受験のあと」




P「……」

少しブレーキを離してはまた踏むといった作業を続けて30分ほど経っていた。

P「……はあ。こりゃまた電話がかかってくるのも時間の問題だな」

ため息をつきながらハンドルを指でトントンと叩く。
前を見ていてもブレーキランプが赤く連なっている、さっきからまるで変化しない風景が見えるだけなので、車内に目を移した。






739VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:04:36.55 ID:GFpBVIqD0



『――当日の気持ちはどうでしたか?』

『ええ、本当に不安でした。もし……万が一ダメだったら……ファンのみんなに会えなくなるって……』

P「……よく言うよ」

普段は地図を映しているモニターには、10分ほど前にお怒りの電話をかけてきた張本人が映っていた。


――――






740VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:06:03.32 ID:GFpBVIqD0





あの後、伊織の合格が決まってから芸能活動に復帰するまではそう時間はかからなかった。

とりあえず発表日の翌日のシークレットライブを無事成功させ、その時点で俺はお役御免となった。
その後は律子により新曲リリースの宣伝、曲のPR、ライブの企画と続き、三月末には新曲がリリースされた。
去年伊織の受験から活動休止と、何かと話題になったこともあってか新曲の売り上げは好調だ。
上手くいくと過去最高売り上げを更新するかも、とのことらしい。

伊織の親父さんに関しては有言実行を文字通り体現したため、特にトラブルになることはなかった。
ただがんばって合格を決めた小出高校にはやはり入学せず、事前に話に出ていた通り、通っていた中学の高等部にそのまま進学した。

以前、入学してから高校の制服を見せに学校からそのまま事務所に来たことがあった。

伊織『小出高校の制服を見せてあげれればよかったんだけどね』






741VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:06:38.48 ID:GFpBVIqD0



ちなみに時間を見つけて達磨の目を入れ、絵馬も納めに行ってきた。
絵馬の奉納は伊織が言い出してきたことだ。
別にそのまま持っててもいいと思っていたし、手放すのも気乗りしないのではないかと思っていたのだが。

伊織『別に……それに、私には他にもお守りがあるからいいの』

と言っていた。
みんなから激励会で預かったもののことだろうか?
結局そのまま今でも預かってるって言ってたしな。

美希『預けてるだけだからね!そのうち帰してもらうの……いつになるかわかんないけどね。あはっ☆』






742VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:08:02.68 ID:GFpBVIqD0





そんなこんなで現在は四月。
俺も以前の生活に戻り、プロデュースを続けていた。

また竜宮として活動し始めたので、現在の活動は詳しく把握していない。
ただやはり受験勉強をしていた去年一年間が肉体的にも精神的にもだいぶ厳しかったらしく、今は仕事だけに集中していられる分精力的に活動を行っているようだ。

今日は珍しく俺が伊織の迎えに行くことになっていた。

単独の雑誌取材で、律子も他の仕事に出ているためだ。

なのに。

P「……」

そんな日に限って渋滞に巻き込まれていた。

『なるほどね。だいぶ大変だったみたいですねぇ』

『ええ……でも、それよりも活動を休止してしまったことの方がファンのみんなに対して申し訳なくて』







743VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:09:07.19 ID:GFpBVIqD0



画面にはトーク番組が映されている。
司会者と、テレビ用の妙にしおらしい伊織がツーショットで映っていた。

これが10分ほど前に怒りの電話をかけてきた少女の、皮をかぶった状態だ。

伊織『アンタねえ!何やってのよ!?この伊織ちゃんを待たせるなんて何様!?』

皮をかぶらないとこうなる。

あと5分以内に絶対来なさいと叩き切られたが、それからもうすでに10分以上経過している。
きっともうすぐ……

Prrrrrrrr……

ほいきた。

画面の表示を見る。






744VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:09:56.57 ID:GFpBVIqD0



『伊織』

やはり。
イヤホンマイクをつけ、ふうと一息ついて電話に出る。

P「もしもし?」

伊織「……アンタ、ぶっ飛ばされたいの?」

P「そんな趣味はない」

P「渋滞なんだからしょうがないだろ」

伊織「……そこまで見越して行動するのがプロってもんじゃないの?」

P「無茶いうな。今日は週末でも五十日でもないのに、こんなに混んでることの方がおかしい」

伊織「よりによってなんでこの伊織ちゃんの迎えに来る時に限って渋滞に巻き込まれるわけ!?」

P「俺が知るか」






745杉村「そんなっ、オレ困るよ!」 [saga] :2013/08/02(金) 21:11:41.68 ID:GFpBVIqD0



……まったく、すっかり元の伊織様になりやがって。

テレビを見る。
このくらいしおらしければ、もっと扱いやすいのに。
ファンのみんなはこの本性を知らないから「伊織様」というが、本性を知っていれば「伊織様」という言葉もきっと違う意味を込めて口にされることになるだろう。



『……うん、でも無事合格できてよかったねえ』

『ありがとうございます。ファンのみんなの応援があったからです』



伊織「ちょっと聞いてるの!?」

P「聞いてるよ」

伊織「……って言うか、誰か乗ってる?」

P「ん?」

伊織「話声がする」

P「テレビだろ。お前映ってるぞ」

ボリュームを上げてみる。

P「聞こえるか?」

伊織「……」






746天 空 の 城 ラ ピ ュ タ [saga] :2013/08/02(金) 21:12:51.79 ID:GFpBVIqD0



伊織「……!!」

伊織「消して!」

P「うるさ……!」

耳元で急に大声を出されて、思わず耳に手を当てる。

伊織「うるさいって何よ!それはいいからすぐ消しなさい!っていうかなんでそんなもん見てるのよ!?」

速射砲のように次々と言葉がくる。

P「偶然だ。ニュース見てたらそのままかかっただけだ」



『まあ、ファンのみんなにも支えられただろうけど、他にももっと助けられたんじゃない?』

『……そうですね』

『うんうん、例えば?』

『例えば……』



伊織「いいから消しなさいよ!すぐ消して!!」

P「……」

返事はせずにボリュームを下げた。
もちろんイヤホンマイクのだ。
これでようやくイヤホンとテレビの音が大体同じくらいに聞こえるようになった。






747天 空 の 城 ラ ピ ュ タ [saga] :2013/08/02(金) 21:13:26.86 ID:GFpBVIqD0



テレビの中の伊織は、少し沈黙した後話し始めた。
なにかを言うべきか迷っていたが、決意したような表情。
これは演技か。それとも。



『……事務所のみんなには、本当に助けられました』

『去年1年間を乗り越えることができたのは、仲間のおかげです』



P「いいこと言ってるじゃん」

伊織「3秒以内に消しなさい!さもないとアンタを消すわよ!?」



『それと……お守りに、助けられましたね』



P「消せって言われて素直に消すはずないだろ。あきらめろ」

P「それよりお守りってなんだ?絵馬は神社に持ってったし」

伊織「……!き、聞いたら○すわよ!?」



『お守り?』

『はい……実は今も持ってるんですけど』






748パズー「はぁーーんんーーあぁ・・・ん、え゛、んん・・・ふー・・・」 [saga] :2013/08/02(金) 21:15:30.92 ID:GFpBVIqD0





P「アイドルがそんな言葉を使うものじゃありませんよ?」

伊織「アンタ……!覚えてなさいよ……!」

耳元からは怒りに震える伊織の声が聞こえる。
画面上の伊織はそんなことはお構いなしにあるものを取り出した。



『……ペン?』

『はい』

『いつも……いつも、一緒でした』

『受験勉強をしているとき、いつもそばにいたんです』

『つらいときも、うれしいときも』

『これが……支えてくれたから。きっと合格できたんです』

『そう。きっと大切なものなんだろうね』

『……はい』

『大切な、大切なお守りです。だから――』

『つらいとき、大変な時は、これと……そして、仲間と一緒なら』

『きっと、乗り越えていけると思います』









749パズー「はぁーーんんーーあぁ・・・ん、え゛、んん・・・ふー・・・」 [saga] :2013/08/02(金) 21:16:08.41 ID:GFpBVIqD0




P「……」

気づくと、耳元の怒声は聞こえなくなっていた。

P「……」

何も聞こえない。
テレビはCMに入っていた。
切られたか?と思ったところで

伊織「……聞いた?」

蚊の鳴くような声が聞こえた。
ボリュームは下げてあるけれど、それでも。

P「あー……」

伊織「……」

P「……光栄、だな」

伊織「……!」

伊織「う、うるさいばか!」






750パズー「はぁーーんんーーあぁ・・・ん、え゛、んん・・・ふー・・・」 [saga] :2013/08/02(金) 21:16:35.12 ID:GFpBVIqD0



P「ったく、同一人物とは思えんな」

伊織「ばかばか!ばーか!」

P「……小学生か」

伊織「うっさいうっさい!アンタの顔なんか見たくない!!」

P「どうやって帰るつもりだよ」

P「あともう少しで着くからおとなしく待ってろ」

伊織「~!来たら復讐してやる!!だから……」

伊織「……早く来い!ばか!!」

ぷつりと電話が切れた。

やれやれと思いながらイヤホンを外す。






751VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:20:46.87 ID:GFpBVIqD0



目の前にはしばらく先まで続くテールランプ。

もう少しとは言ったが、まだ道のりは長そうだ。

本音を言えば、早く伊織に会いたかった。

ただ、よくよく考えるとこの渋滞も悪くない気がした。

理由は2つ。

去年1年間の伊織との思い出を、ゆっくりと思い出すことができるから。

それと。

楽しみなことを後に控えているときのわくわくした時間は、けっして嫌いじゃない。

俺はスタジオに着いた時の伊織の反応を思い浮かべながら、ハンドルを握り直したのだった。




おわり






752VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga] :2013/08/02(金) 21:21:31.03 ID:GFpBVIqD0




ほんとにおわり!
みなさんほんとうにありがとうございました!ではまた!!





転載元:P「受験か」伊織「そうよ」 
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371233865/


スポンサーリンク

主な最新記事及び関連記事

長SS765プロ伊織

(13)

AFTER 南条光「誰かの笑顔のために頑張れるって素敵だろ!」

BEFORE モバP「あっち向いてホイだ」 荒木比奈「マジっスか」

いい…
[ 2013/08/03 17:57 ] [ 編集 ]
素晴らしい
[ 2013/08/03 18:18 ] [ 編集 ]
耐えてきたけどシークレットライブでもう駄目だった
この作者さんは曲と合わせるのが上手い
そんなことされたら泣いてしまう…
[ 2013/08/03 18:59 ] [ 編集 ]
こ、小出高校…?

いおりんならノー勉で合格できるんじゃ…
[ 2013/08/03 19:19 ] [ 編集 ]
※24198
小出高校(おでこうこう)ってどっかに書いてあったと思われ
[ 2013/08/03 19:20 ] [ 編集 ]
美希はどうなったんだろ
[ 2013/08/03 19:28 ] [ 編集 ]
まぁいおりんが高校レベルでおちこぼれるとかありえんわな
[ 2013/08/03 21:30 ] [ 編集 ]
美希は天才肌だからなぁ
大抵のことは難なくこなしそうだ
[ 2013/08/03 22:06 ] [ 編集 ]
面白かったです!良いお話ありがとうございました
[ 2013/08/04 00:23 ] [ 編集 ]
いやー長かったけど面白かった
また勉強したくなったわ
しかしオマケは名前欄にやられたよw
板の仕様なんだろうけど、いきなりだったからな
杉村ってのはよくわからなかったけど、スペース挟んで強調された
天 空 の 城 ラ ピ ュ タ
からのパズーの何とも言えないセリフで吹き出してしまった
[ 2013/08/04 07:37 ] [ 編集 ]
感動した!
高校の名前予想通りだった人多いよね
[ 2013/08/04 23:16 ] [ 編集 ]
ありがとう
[ 2013/08/09 14:42 ] [ 編集 ]
試験は水物と言われるように、結局は本番での本人の精神状態が一番大きい

問題は全問解けたものの、これを何教科もやらないといけないのは気が滅入るな
歳を取ると集中力が持続しなくなるのが分かって辛くなるわ
[ 2017/02/02 02:55 ] [ 編集 ]
コメントの投稿







管理者にだけ表示を許可する

※リンクを貼って頂ける方は、URLをttp://にしてください

Page title:

P「受験か」伊織「そうよ」.Part3

Copyright © 2023全ては跡地。 All Rights Reserved.

  Designed by:paritto